自分の手で「つかみに」行く留学。日本人バスケ男子、アメリカへの挑戦。(後編) ~若松千枝加(留学プレス編集長・留学ジャーナリスト)


「バスケがしたい」とアメリカに渡ったTAIKIさん。前編では、日本の高校を卒業し渡米、バスケを通じて「アジア人」として人種差別の洗礼と戦うTAIKIさんの姿をお届けした。後編では、帰国後、アメリカでのバスケ経験がどんな道につながっていったかをご紹介しよう。
 

バスケットボール・第3ステージへ

帰国後は地元・福岡で、バスケチームの通訳の仕事がほぼ決まっていたとういTAIKIさん。バスケに関われる仕事は魅力的だったが、まだ年齢は21歳。
 
やり足りなかった。
 
「まだバスケをプレーしたい思いが強く、上京しました。ちょうど、日本初のプロバスケリーグ『bjリーグ』が開幕。同時に 3 on 3 のストリートバスケリーグ『LEGEND』というリーグも出来る事になった。僕はLEGENDのトライアウトを受け、初期メンバーのプレーヤーとしてリーグの立ち上げに携わりました。」
 
高校までの部活動が第1ステージ、アメリカでのバスケ修行が第2ステージだとすると、TAIKIさんのバスケ人生、第3ステージの開幕だ。
 
堤太輝さん後編2
 

日本独自のバスケリーグ発足で注目を浴びる

LEGENDというリーグは、昨年末以来ニュースを騒がせていた『バスケットボールリーグ統一問題(※)』とは全く別のリーグである。
 
「LEGENDは、ストリートボールスタイルの 3 on 3 ゲームのリーグです。リーグ統一問題で話題になったスーパーリーグとbjリーグとは異なります。
 
僕たちの根本は『バスケの面白さを伝える』こと。人がいる場所、たとえば商業施設などのモールや学校の学園祭などに行ってコートを作り、そこでプレーすることで、バスケを知らない人達に自分らのバスケを見せることをベースにしていました。」
 
LEGENDにはもう一点、注目を浴びたポイントがあった。『個人戦のバスケリーグ』というスタイルだ。
 
「バスケはチームスポーツ。LEGENDは毎試合ごとにチームが変わるシステムなんですよ。これは過去に類を見ないオリジナルなリーグだったので、とても注目をされましたね。」
 
(※=国際バスケットボール連盟[FIBA]から「1国1リーグが望ましい」としてJBLとbjのリーグ統合を要望されながら進展がなかったことで、女子も含めてすべての国際試合出場が停止される恐れが生じた問題。現在は日本サッカー協会最高顧問・川渕三郎氏を代表者とする一般社団法人ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ[JPBL]の設立が発表され、JPBLへの参加[入会]申し込みが開始されたことにより、FIBAは、JBAに対する国際試合出場停止の制裁処分を解除すると発表、リオ五輪出場をかけたアジア選手権への出場が認められた- Wikipedia参照)
 

LEGEND解散後、自分のチーム作りへ

LEGENDは2010年秋に惜しまれつつ解散する。TAIKIさんは自分のチーム420(Fourtwenty)を作り、SOMECITYという 3 on 3 リーグで戦うことになる。
 
「約3年間レギュラーチームとしてSOMECITYに参戦しました。監督はいないので、どちらかというとTEAMのキャプテンとしてコーチ面での役割が大きかったです。」
 
ちなみにLEGENDは、根強いファンの後押しもあり、今年『ひと夏限りの』復活を遂げた。選手として招聘されたTAIKIさん。熱い夏だったことだろう。
 
堤太輝さん後編1
 

すべて、理由がある

TAIKIさんのバスケ道は、決して平たんではない。輝かしい成績を残せたか、トップを極めたのか、というと決してそういうわけではない。
 
しかし、バスケに本気で挑んだアメリカ留学とその後の挑戦は、今のTAIKIさんに違う選択肢も用意してくれた。実はTAIKIさんは日本でバスケを続けるなか、外資系企業でのキャリアも得ている。バスケ留学で得たグローバル・コミュニケーション能力は、まったくバスケとは関係のない今の仕事にも活きているということだ。
 
「バスケという大好きな事をずっと続けられている自分を好き」だというTAIKIさん。アメリカは自分のターニングポイントだったと言う。
 
「色んな世界観を見せてくれたり、色んなチャレンジをさせてもらった。ここから先、あんなに濃い3年という時間はないだろうなと言えます。」
 
さらにTAIKIさんは「全て理由があって、未来に繋がってる」とも語る。
 
「僕は体が弱かったんですよ。幼少時代は膿胸を患ったり、高校時代は心臓の病気になったり。当時は、体が弱い自分に嫌気がさす事もありましたが、振り返ってみるとそれらがあったから留学する気持ちになった。そうでなければ今みたいに好きな事をずっと続けることもなかったんですよね。」
 
これからも日々楽しみながら、チャレンジ精神を持ち続けたいというTAIKIさん。TAIKIさんの第4ステージは、まだこれからだ。
 
>>(前編)自分の手で「つかみに」行く留学。日本人バスケ男子、アメリカへの挑戦。
 
文: 若松千枝加(留学プレス編集長・留学ジャーナリスト)
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