アメリカの音大ってこんなところ!【卒業編】~キャッチポール若菜(映像翻訳者・通訳)


さて、いよいよ最後の【卒業編】。
 
【これまでの記事】
>> アメリカの音大ってこんなところ!【入試編】
>> アメリカの音大ってこんなところ!【カリキュラム編 その1】
>> アメリカの音大ってこんなところ!【カリキュラム編 その2】
 
卒業といえば卒論…というのが普通かもしれないが、音大の卒業にはリサイタル開催が必須。3年のときにハーフ・リサイタルという30分程度のコンサートと、4年ではフル・リサイタルという1時間ほどのコンサートを開催する。
 

リサイタルの準備とは

リサイタル開催のためには、とにもかくにも楽曲の準備が必要だ。週一の教授とのレッスンでやってきた曲の棚卸しと、伴奏者の手配 (集中的なリハが必要なため、値段交渉も必須)、曲の順番などを決める。
 
ただ、これはリサイタル開催の初めの一歩のようなもので、これ以外にやらなくてはいけないことも多くあった。
 
まずは会場の予約。音大にはリサイタルホールというコンサートホールがあって、そこと控え室に当たる教室がつながっていた。
 
コンサートホールが空いていても、教室では授業が入っているかもしれないので、前もってスケジュールをチェックし、両方とも予約しておく必要があった。リサイタル当日だけでなく、事前リハーサルのための予約もしなくてはならない。
 
次に集客。教授のスタジオの生徒は同志のサポートを兼ねて出席必須となっていたので、それなりの人数を見込めるものの、それだけではホールはスカスカで、やはり寂しい。
 
半年~1年かけてやってきたことは、多くの人に見てもらいたい、という思いもあり、大学内で面識のある教授、当時の友人たちから、自分が家庭教師に入っていたご家族などに声かけを行なった。
 
リサイタルはその時しか披露することができないもの。あの時、リサイタルに足を運んでくれた方々には本当に感謝している。
 
アメリカ音楽留学
Photo from Flickr “Day 31: Dem F-Holes” by Ajay Suresh
 
集客には、大学の広報部からのサポートもあった。リサイタルの少し前に、個人のインタビュー記事を写真付きで、新聞に載せてくれるのだ。
 
もうひとつ必要なのは会場で配るプログラム作りで、テンプレを元に作成し、大学近くのKinko’sで紙を選んだり、枚数を指定したりと、自分らしく仕上げていく。
 
最後に、これは必須ではなかったが、多くの生徒がやっていたことは、リサイタル後のレセプションパーティー。
 
平たく言えば「来てくれてありがとうパーティー」と言ったところだろうか。少なくとも私の方はそう思っていた。3年目のハーフ・リサイタルの後は近くのレストランで、来てくれた人を呼んで食事会にしたが、4年目のフル・リサイタルは、友人の家を貸してもらい、別の友人にDJをお願いし、ピザ・パーティーにした。
 
これをすると、場所の地図なども作っておく必要があるし、ピザのオーダーなどもしなくてはならないため、リサイタル当日の緊張の中、とても1人でできるものではない。
 
この時も友人と、当時日本から来てくれた家族の助けがあったから無事に終えることができたのだ。
 
この一連のイベント開催を卒業前に2度やってみると、いざ独立してコンサートをやろうと思ったときに、だいたいどういった準備をどのタイミングですべきなのかがわかる。
 
こういうところがアメリカの音大のすごさで、卒業時には音楽に関する知識や技術だけでなく、イベント開催の流れ、人脈の活かし方、値段交渉などなどを包括的に身につけて社会に出そうとしてくれているのだ。
 

音大生の卒業後

さて、卒業後、路頭に迷うことのないように、大学はこのように色々な“訓練”をしてくれたわけだが、実際に皆、卒業後はどうしたのだろうか。
 
今回、これを書くにあたり確認してみたところ、当時、弦楽器を専攻とし、同じ先生のStudioに所属していた生徒では、音楽に関係ない職に就いた者の方が少ないという結果だった。
 
卒業後は大学院に行った者、オーケストラに所属した者、バンドを作り活動を続けている者、音楽に関する指導者になった者(小学校~大学、私立の音楽教育機関、バンドなどの指揮・先生も含む)、個人で教室を開いている者、などがいる。
 
ここに述べたうちの2~3並行してやっているという者が多いかもしれない。法律(音大卒後にLaw schoolに行ったということで、かなり驚いた。)、ITサポート(もともと作曲などで音楽系ソフトに詳しかったところから入った)など、別の分野と並行してやっている人もいる。
 
音大は本当にやることが多い。あれをこなせるだけ音楽に情熱を抱いていた人ばかりだったのだろう。
 
私はと言えば、卒業後は演奏に携わる仕事には就かなかったのだが、音楽知識が大いに役立つ仕事をしたり、知識があったからこそできる仕事が来たりすることはある。
 
卒業後16~17年、毎日付き合ってきた楽器をやめてしまった後、もしかしたらそれまでの時間を無駄にしたのではないかと悩んだ時期もあった。
 
でも【入学編】を振り返ってみてもわかる通り、その時々で自分ができること、注力したいことは変わっていく。その時々でやれることをやってきたから今に至っている。
 
そして今でも私は、自分と音楽には特別な関係を感じている。
 
文:キャッチポール若菜(映像翻訳者・通訳)
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