EUで認められた『忘れられる権利』って?(1)~松本美子(翻訳者)


留学中は楽しいイベントが目白押しなので、日本に居る時よりも積極的になってついつい羽目を外してしまいがちです。勢いでSNSに投稿した写真を、後になって恥ずかしくなって削除した経験もあるのではないでしょうか。でも、あれも若気の至りと思っていたある日、削除したはずの写真がネット上で出回っていることを知ったら、あなたはどうしますか?
 
実はこのような事態は、多くの国で問題になっていて、プライバシーに敏感なEUでは既に対策が進められています。一方で、多くのインターネット関連企業の本社がある米国の関係者の反発や、インターネット特有の新たな問題への対処の必要も出てきており、議論は複雑化しています。この記事では、イギリスの大学院で修士論文のテーマとしてこの問題を研究した筆者が、2回にわたって最新の情報および、欧州や米国、そして日本での議論の現状をご紹介し ます。1回目の今日は、「忘れられる権利」とはどういうものか、そして欧州における「忘れられる権利」のとらえ方を中心にお届けします。
 
忘れられる権利
 

「忘れられる権利」とは何か

インターネットは私たちの社会を驚く程便利にしました。SNSやブログを使って個人が自由に発言でき、その影響力はテレビなどの既存のメディアを凌ぐ程になって来ています。その一方で、匿名性を利用したプライバシーの侵害や誹謗中傷も問題になっています。
 
そうした記事に対しては、サイトの管理者に削除を依頼したり、削除に応じてもらえない場合には裁判を起こすこともできます。しかし、ネット上では管理者の特定は容易ではなく、ようやく記事を削除してもらっても、情報は別のサイトに無数にコピーされ続け、いたちごっこになることも多いのです。
 
また、問題になる書き込みの中には、そもそも権利侵害に当たらないと思われる事案もあります。例えば、自分でネットに公開した写真はプライバシーを放棄していると言えますし、過去の犯罪歴は公益性のある情報なので、削除が認められないかもしれません。
 
既存の枠組みでは対処できないこうした事案について、仕方ないことと放置して良いのでしょうか。判断力に乏しい青少年を保護したり、罪を償った人の社会復帰を支援する必要はないのでしょうか。いずれは忘れてくれるオフラインの世界とは違い、オンラインの世界では半永久的に情報が晒されるという状況を踏まえて、何らかの対処をするべきではないか…。そのような考えから出て来たのが、「忘れられる権利」と言われる、新しい人権です。
 
この権利は、問題となっている記事自体の削除ではなく、検索結果から特定の情報を削除することを可能にするもので、表現の自由とのバランスを取りつつ、市民のプライバシー保護を図っています。一般的に、検索して情報を探すことが多いことを踏まえれば、元の記事が削除できない場合でも一定の効果のある方法と言えるでしょう。
 
日本では、検索エンジンを運営する会社が自発的に応じる場合は別として、個人の権利としてはまだ認められていません。しかしEUでは、2014年の裁判所の判決で市民の権利として認められました。これにより、検索エンジンの運営会社はEU市民から削除の申し出があった場合には、一定の条件下で検索結果の削除をしなければならないことになったのです。
 

EUでの経緯

「忘れられる権利」は、もともとは罪を償って社会に復帰しようとする出所者のプライバシー権という限定的な文脈で議論されていましたが、欧州議会が2012年に提案した「一般データ保護規則(General Data Protection Regulation)※注1」において、すべての市民を対象とした形で法案に盛り込まれました。しかし、権利の明確な定義や範囲等は定められなかったため、具体的な事案においてどのように対処すれば良いのかについては議論が続いていました。
 
議論の中心は、次の3点でした。
(1) EUの法律をEU域外に本社を置く会社に適用できるのか
(2) 検索エンジンは情報を伝達しているだけなので、検索結果に対する責任は負わないのではないか
(3) 既存のEU法は個人の「忘れられる権利」を保障しているのか
 
これらの問題に一定の答えを出したのが、2014年にEUの最高裁判所に当たる欧州司法裁判所(European Court of Justice)が出した判決(※注2)でした。原告であるスペイン人男性が、自身の名前を検索すると、過去に社会保障費の滞納によって不動産を競売にかけられた記事が出て来るため、自身のプライバシーが侵害されているとして、米国に本社を置くグーグル本社及びスペイン支社に検索結果からの当該記事の削除を求めたものです。
 
この判決は
 
(1) 支社がEU域内にある限りEUの法律を適用することができ
(2) 検索エンジンは情報の積極的な管理者であるため責任を負い
(3) 既存のEU法はその検索結果が既に必要ではなくなっている場合には、一定の条件下でEU市民が「忘れられる権利」を行使することを認めている
 
としました。
 
被告であるグーグル社を含め、米国の有識者の多くはこの結論はイノベーションを阻害するものであるとして猛反発しました。しかし、グーグル社は結果的に判決に従い、検索結果の削除依頼を受け付けるフォームを設けることとなりました。(※注3)
 
なぜ、グーグル社はこの結果にこれ程までに反発したのでしょうか。新たな負担が増えるという理由の他に、実はもっと根本的な、米国という国の在り方に関係する理由がありました。
 
さて、次回「EUで認められた『忘れられる権利』って?(2)」では、EUとアメリカにおけるプライバシーの考え方の違いや、新たな課題、そして日本での動きについてお届けしてまいりましょう。
 
>> 『EUで認められた『忘れられる権利』って?(2)』へ続く
 
(参考文献)
注1:http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:52012PC0011&from=EN
注2:http://curia.europa.eu/juris/liste.jsf?num=C-131/12
注3:http://rt.com/news/162900-google-right-forget-requests/
 
文:松本美子(翻訳者)
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