犠牲者氏名を報道しないドイツのニュース~クリューガー量子(ハイデルベルク市公認ガイド)


昨年末、ベルリンのクリスマスマーケット会場にトラックが突入し、多くの方が亡くなりました。事故後からテレビ、新聞などのメディアで詳細が報道されましたが、ドイツでの報道の在り方に、日本とは決定的に違うことがあります。
 
ドイツでは、亡くなった方の住所や名前がいつまでたっても報道されないのです。
 

容疑者と家族の尊厳はどこまで守られるのか

ベルリンクリスマスマーケットへのトラック突入の報道では、犯人の名前・写真は、犯人が逃走中だったこともあり、早いうちから公開されていました。
 
これは、「容疑の可能性が十分に大きい場合は、公開してもよい」というメディア協議会の決定に基づくものです。一般的には、「容疑者の名前や住所の公開は、容疑が固まるまでは報道してはいけない」 という、容疑者に関する基本的報道方針がありますが、今回の容疑者の名前・写真の公開は、ドイツ国民が納得できるものでした。
 
しかしながら、事件への人々の関心が高まるのと平行して、報道が過剰となった例もあります。
 
2015年、航空会社ジャーマンウィングスの飛行機が墜落し、多くの方が亡くなりました。副操縦士が故意に墜落させた可能性が高いこと、精神病を患っていたことを会社に報告せずに勤務していたこと、また、研修旅行中の多くの高校生が搭乗していたことなどが社会の大きな関心を集め、日ごとに過剰な報道が行われるようになりました。
 
最も批判が大きかったのは、副操縦士の両親の家の周りに沢山の報道陣が押し掛け、家と周辺の様子を報道したことでした。ドイツでは、容疑者家族の尊厳も法律で認められていることを踏まえ、メディア協議会は、これを放送したメディアに対して警告をしました。
 
a Sueddeutsche Zeitung newspaper
Photo from Flickr Gregor Fischer newspaper – a Sueddeutsche Zeitung newspaper
 

犠牲者の尊厳は法律で守られる

日本では、事件事故があると、犠牲者や家族のプライバシーは二の次。顔写真や生前のプライベートの公開、ご遺族や同僚、友人へのインタビューなどの報道合戦が行われますが、ドイツの報道姿勢は正反対です。
 
ドイツでは、事故などで亡くなった方の尊厳が法律で保証されており、名前などをメディアが一般公開することは、家族の賛同が得られるような特別な場合を除いて禁じられています。人は、亡くなってからも尊厳が守られるのです。自動車追突事故などの新聞やテレビ報道でも、事故で亡くなった方がどの街に住んでいるかのみで、名前は公表されません。
 
一方、被害者の家族の映像を放送することは、法律で基本的に認められています。しかしドイツにはメディアが指針としているメディア基本規律(※1)があり、メディアはそれに従って、犠牲者と家族の心境を考慮した報道を行っています。
 
ジャーマンウィングス社の飛行機事故の時も、殆どのメディアは、肩を寄せながら続々と空港に集まってくる犠牲者の家族や、犠牲者が多く出た学校の様子を遠くから撮影するのみで、犠牲者家族や同級生にインタビューすることはありませんでした。
 
しかしながら、このメディアの指針に背く報道もありました。
 
発行部数250万、世界でも指折りの売上げを誇るドイツの有名タブロイド紙が、飛行機事故で亡くなった高校生の写真を掲載したのです。その後、メディア協議会はこの大衆紙に対して警告をしました。ドイツでは、法律で定めれていることが人々の絶対的な判断基準、思考や行動の基準です。亡くなった方の尊厳が法律で保証されているため、この大衆紙の報道は、多くのドイツ人の正義感に反するものでした。
 
※1 Pressekodex。1973年作成。メディア関係者が自主的に従うべき規律で、法律で定められているものではない。
 

メディアが個人の尊厳のあり方について報道する

メディアが報道する側としての考えと迷いを直接言葉にして、視聴者に伝えた番組もあります。
 
ジャーマンウィングス社の墜落事故当日、「子供向けニュース」という番組(ドイツ国営放送系列のテレビ局で毎日10分間放送)の冒頭で、司会者が事故概要を説明し「飛行機は他の乗り物に比べて安全性が格段に高く、これから飛行機に乗る人も極端な不安を抱える必要はない」ことを伝えました。次にカウンセラーが、このような悲しいことが起こった時は、子供達はどのように心を持つべきかということを話し、この事故についての報道は終わりました。
 
正味3分程度。子供達が事故から受ける衝撃を一番に考えて、不安を煽るのではなく、子供達の心の痛みを和らげることに重きが置かれた報道でした。
 
そして、数日後の番組冒頭、多くの報道陣がこの航空会社社長のコメントを求めてマイクを向けている写真を背景に、司会者が以下のように語りました。
 
「この事故に関して、様々な報道が行われています。私達は今日、どんな放送をするか、どこまで放送するかということをスタッフ全員で考えました。メディアは報道の自由があり、それは保証されなくてはいけません。しかし、亡くなった方やご遺族のプライベート、尊厳を傷つけることは禁止されています。よって、これまでも多くの生徒が亡くなった学校の様子を遠くから映すことはありましたが、我々は直接、関係者や生徒にインタビューすることはしません。」
 

私達自身が個人の尊厳のあり方について考える

このメッセージを聞いた子供達は何を感じたのでしょうか。報道番組が視聴者である子供達に、自分たちの報道方針を直接話すという番組作成の真摯な姿勢に、筆者は子供を持つ親として、大変驚くと同時に感銘を受けました。大人は子供に何を伝えるべきか、何を伝えたいのか。これを真剣に考えて伝える番組があることを嬉しく、心強く思いました。
 
私達の生活が好奇心を満たし、より充実したものになるように、報道する側も報道を受ける側も、私達自身が、法律で定められた個人の尊厳を念頭に置いて、報道のあり方について考えていきたいものです。
 
参考文献
https://anwaltauskunft.de/magazin/gesellschaft/kultur-medien/962/opfer-und-taeter-recht-auf-persoenlichkeitsschutz/
 
文:クリューガー量子(ハイデルベルク市公認ガイド)
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