わが子を高校/大学留学に出すとき(5)《オーストラリアの大学・後編》~ワグナー・マキ(アメリカ在住・JSIA飾り巻き寿司インストラクター)


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無事にディプロマコースの1年をクリアした娘は、大学への2年次編入が認められた。残りの大学生活2年間の卒業までをお送りする。
 

 

必修科目と実践的なレポート、課題の提出

ディプロマコースでビジネスの基礎を学んだ娘は、2年生に上がってからも必修科目は予想以上に多く、取りたくない授業もとらなければならなかった。会計学全般や法律関係は理解にとても時間がかかるため、他の科目を勉強する時間が取られてしまうため、兼ね合いが難しいからだ。
 
しかし授業は娘にとって楽しいものだった。「もし自分がナイキの広告を作成するなら」というテーマで、今までナイキが作ってきた広告を調べ、何が必要かを調べたり、ライバル社(リーボック)に勝てる要素は一体何で、どんな商品を出せばいいのかという研究など、こういった授業を通じてビジネスマネジメントに興味が沸いてきていたようだった。
 

日本人短期留学生

有名大学の短期留学生がやってくる。2年生になったころから少なからず彼らの影響を受けていたのか、娘は大学卒業後は日本に帰って、東京で就職したいと言い始めていた。また就職活動に関して、みんなと卒業時期が違うからどうしたらいいのかなど焦りをみせたりしていた。
 

 

扁桃腺炎と入院

2年生になり、シェアハウスに移動して学校も相変わらず忙しく過ごしていた。「アサイメントで忙しいから終わったら連絡する」といういつもの返事に、邪魔してはいけないという気持ちで少し連絡を取らなかった期間があった。
 
すると久しぶりにメールで来た連絡にびっくり。なんと入院していたというのだ。
 
扁桃腺炎が腫れてしまい、高熱が続き病院にいったところ「あなたこのまま入院しないとだめよ。」と言われたとのこと。このときはさすがに何もしてやれない自分に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
 
いままで扁桃腺炎で腫れたことなど一度も無く、予期しない病気と入院だった。しかし留学保険のおかげで助かった。また娘は大学にも病院から欠席理由を書類で提出したり、留学保険用の書類集め等もしっかりこなした。
 

TOEICのリスニング&リーディングテストとSWテスト

2年生の年末には1ヶ月くらいの休みがあったため、せっかくなのでTOEICのテストを薦めてみた。当時TOEICがSWテスト(スピーキングとライティングのテスト)を始めた頃で、試験会場でコンピューター画面をみて試験を受ける。
 
このSWテストの結果はというと、ライティングは大学でアサイメントなど膨大な文章を常にこなしているためほぼ満点に近い数字、スピーキングもビジネスレベル、と娘も嬉しかったようだ。
 
ところがリスニングとリーディングテストの結果が思ったより良くなかった。前回受けた点数よりは上がっていたが、なんと一緒に受けた私のほうが彼女の点数を超えていたのだ。
 
これには娘はとてもショックを受けた。でもリスニングとリーディングテストは、攻略本もたくさん出ているし、勉強を一生懸命すれば点数は取れる。
 
私は、娘がSWのための勉強をしていないのに満点近い点数をとれたことにすごいと思った。しかし娘はこれがきっかけで「もっと勉強やらなきゃ」と強く思ったそうだ。
 
3年生にあがり、必修科目はないが、興味のある科目は難しくなっていった。
 

ある夜のトラム(路面電車)で

ある日、娘が「こんなことがあったんだよ」と言う。
 
夜、娘がトラム(路面電車)に乗ろうと、駅で待っていたら、「ハロー、ハロー」と言う声が聞こえた。どうやら隣に立っている黒人の男の人が娘に話しかけていた模様。
 
娘「ハロー」
男性「ハロー、アイム、フロム、ジャマイカ」
 
すごく背の高い、真っ黒なジャマイカ人のおじさん。夜でもあり、ぱっと見た感じ、娘は「ちょっと怖さを感じたかも」と言う。
 
そういいながらも娘はそのままそのおじさんと話を続けトラムを待った。おじさんの片方の腕は包帯をしていて怪我をしていたようなので聞いたそうだ。
 
娘「腕を怪我しているのですか?」
男性「うん、僕はジャマイカのレストランをここでやっているんだけど、この間強盗にあったんだ。白人の3人組だった。そいつらにお金をとられ、腕も怪我させられたんだ。警察にいったけど、信用してもらえなくってね、ひどい話だよ。メルボルンは異文化に溢れていて好きだけど人種差別者もいるから。君は違うね。僕が話しかけたらハローと返してくれた。」
 
それから2人はトラムに乗り他愛ない話を続けたそうだ。すると娘たちの前の席が1つ空いたので、ジャマイカ男性は先に乗っていたオーストラリア人と思われるおじいちゃん2人に、2人のうちどちらかが座れば?と勧めた。
 
するとおじいちゃんたちは、「いやいやまだまだ僕らは若いんだよ、あはは」と。それからこの2人のおじいちゃんも娘たちの会話に加わり始めた。すると向かい側に座っていた、金髪のお姉さんも会話に加わり、どんどんいろんな人が会話に加わったのだと言う。その路面電車の中がなんとも素敵な雰囲気になっていったそうだ。
 
その様子をみて「今、このトラムの中のみんなを撮ってもいいかい?」と写真を撮る人まででてきた。
 
娘はトラムの中を見回し、アジア人の自分、黒人のジャマイカ人、オーストラリア人のおじいちゃんに、金髪のお姉さんなど、見た目も肌の色も違う人たちが他愛のない会話を一緒に笑って話してる状況が、とても素敵な空間で、なんだか言葉では表せない気持ちが沸いたと言う。
 

 

心境の変化

3年生の頃アルバイトしていたお店では、企業から赴任している日本人と接する機会があった。「将来どうするの?」など聞かれることも多かったようで、逆に日本の企業の現状や賃金など聞いたりして卒業後どうしようかと娘なりに一生懸命考えていたようだった。
 
そして、卒業が近づく頃には、日本ではなく、もっと外国も見てみたいという気持ちが強くなっていた。もちろんメルボルンも大好きなので、視野にいれて就職活動をし始めた。
 
娘は無事に卒業を決めた。それからスカイプを使って面接を何件か受け、今年2月には就職を決めた。
 
将来具体的に何になりたいとか、そんな思いを持たなかった娘だが、今就いた仕事にはとてもやりがいを感じていて、楽しそうだ。大学で一生懸命勉強するうちに本人が面白いという分野になんとなく近づいていったのだろう。
 

親として、イエスと言えるかどうか

「よく中学卒業で留学にいかせたよね。」と言われることがある。もちろん費用の問題も大きいかもしれないが、15歳の娘を1人海外に行かせるという決断と、このとき私たち家族がイエスと言えたのはなぜだろうと考えた。
 
私たちは娘のパーソナリティを理解しよく知っていた。どんな字を書くのか、どんなものが好きなのか、どんな性格なのかも含め、先入観を捨てて考えた。娘を信頼していたし、留学をすることは娘にとって必ず役に立ち、お金をかけることも無駄にはならないと私たちは結論したのだ。
 
子供がやりたいことを反対するのはとても簡単だ。ただノーと言えばいいだけなのだから。
もし親が反対してあきらめるくらいなら大した思いが無いことだと思うかもしれないが、子供は何かに向かって進みたい時、大好きな親に応援して欲しいはずではないだろうか。
 
文:ワグナー・マキ(アメリカ在住・JSIA飾り巻き寿司インストラクター)
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