留学と治安。9月11日に今一度考えたい留学生のテロ時代危機対応。~若松千枝加(留学プレス編集長・留学ジャーナリスト)


今年も、9月11日がやってくる。あの日のことは誰もが鮮明に記憶しているだろうと思いきや、ある高校生と話していたらあまりよく知らないと言う。発生からもう16年が経過したのだ。
 
留学生とその家族にとって、治安はもっとも気になる懸念のひとつだ。今までに受けた相談のなかで、最も多く受けた相談事項だったと断言しても良い。とはいえ、予期せぬ場所でテロが起き、不規則にミサイルを発射する国がある現在、身の危険を予測するのは難しい。それでも、もし少しでも不測の事態を切り抜けられるヒントがあるならシェアしておきたいところである。
 
地域やインフラの違いはあるにせよ、米国同時多発テロのあの日からこれからの留学生に教訓になることがないかどうか、一度振り返ってみたい。
 

 

人気の留学先ニューヨーク

当時、現地に知人がいた人たちや、米国に関連する業務に携わっていた人は、悪夢のような時間の幕開けを忘れることがないだろう。
 
筆者はそのころ留学会社に勤務し、留学カウンセリングの部署のリーダーを務めていた。日本人にとってニューヨークは人気の留学先だ。筆者の勤務先でも、多数の留学生をニューヨークへ送っていた。
 
すぐに対応すべき事項は大きく分けて2つ。1つ目はニューヨークに誰が居住しているかを確認し、安否確認を行うこと、2つ目は直近で留学出発を控えている人たちへの対応だ。なかでも、安否確認はすぐにでも行いたいところだが、留学生というのは進学や引っ越しで連絡先が分からなくなっていることも少なくない。社内は海外連絡組・国内連絡組の2班に加え情報収集組を設け、3班で対応にあたることになった。
 

電話が通じない

当然のことであったがニューヨークと直接電話が通じることはない。主な連絡手段は、電子メール。当時はまだスマートフォンがなく送受信はパソコンのみという時代だったため、留学生ひとりひとりに接触するのは困難だった。そこで活躍してくれたのが、彼・彼女らが在籍している先の学校担当者たちだ。
 
各学校から学生の安否確認結果がメールで送られてくるたびに、手元のニューヨーク留学生リストに○をつけ、安心の度合いを深めていった。また、語学学校のなかには米国の他地域にキャンパスを持つ学校もあり、ニューヨークと連絡が取りづらいなか、ロサンゼルスの学校スタッフが状況把握に努めてくれたケースもあった。
 
このときほど、学校の質に差があることを実感したことはない。大学や大学院など学生数の多い教育機関は別として、留学生が一番多く在籍している語学学校のとっさの対応力が、学校の底力と学生サポート力を物語っていると強く感じた。
 
ある学校は、すぐにすべての学生に非常用の食糧(スナック等)を用意して配布。金融機関がストップしてしまったため、当面の生活費確保のためにお小遣いを支給した。寮生活をする学生には直接スタッフが手渡し、ホームステイ学生には各ホストファミリーに指示を出して支給した。 
 
ある学校は不安を訴える学生のためにすぐにカウンセラーを用意し、必要とあればスタッフの自宅に宿泊させると表明した。
 
先述したように、アメリカの他エリアにあるキャンパスでも情報が共有され、ニューヨークが不安定な間、どこのキャンパスにおいても対応可能な体制をとってくれた学校もある。
 
一方で、一向に連絡がとれない学校もあった。のちのち留学生本人に聞いたところ、学校の担当者が学生たちと接触する様子はなく、状況が落ち着いた後も「学校をキャンセルして帰らないよね?キャンセルしても返金はないよ。」などと口にしていた人もあったそうだ。
 
ある意味で、留学中の有事対応というのは、学校選びの段階から始まっていると言えるかもしれない。
 

ニューヨークを脱出

状況が落ち着くまでニューヨークに滞在できる人は問題ないが、ちょうどこの時期は夏休みが終わるころと重なる。その週末に帰国予定の学生もおり、手持ちの資金を考えてもいつまでもニューヨークに残っているわけにはいかない。
 
空港は閉鎖されていて、空路でニューヨークを出られる日は予測不可能だった。そこで帰国予定だった日本人学生が利用したのが、カナダ・トロントへ国境を超えるバスだ。幸いにもこの学生が持っていたのが日系航空会社の復路チケット。事情を組んだ航空会社の配慮により、追加料金なしでトロントから日本まで帰ることができた。
 
この一件以降、海外へ渡航するときには、自分の往復ルート以外にもどんな交通ルートがあるのか、あらかじめ知っておくことの大切さを思い知った。有事の際には情報は錯綜し、インターネットで正しい最新情報が見られるとは限らない。空港以外にもバスステーションや駅の場所を知っておいたり、住んでいる地域以外の地図もざっくりと頭に入れておくことは無駄にならないと感じた。
 

複数の連絡ルート

事件の規模によるとはいえ、複数の連絡ルートを日本の家族とシェアしておくことは有効だ。今の時代なら、電話以外にメール、SNSなど様々な連絡手段がある。
 
また、渡航の際に登録しておきたいのが外務省の「たびレジ」。既に多くの人が活用するようになったが、留学準備のバタバタする時期に登録を怠っている人も少なくない。「たびレジ」は滞在先の安全情報や緊急連絡などが受け取れるシステムで、自分の連絡先だけでなく家族の連絡先も登録しておくことができる。
 
とはいえ、それも「電源が確保されて」いて「WIFI等、現地での通信インフラが無事」であることが大前提である。有事というのはテロや事件だけではない。大地震や災害に遭遇することもないとは言えない。スマートフォンの予備バッテリーを持っておくくらいの用心は、しておいても損はなさそうだ。
 

防ぐことはできない。でも・・・

テロや事件は予見できない。日本にいたところで危険はある。だからこそ、世界中どこにいたとしても、危険から逃れ、身を守る覚悟を決めておきたい。
 
9月11日のあの日、もっとも落ち着いていたのは、当のニューヨークにいた人たちだった。「大丈夫です!」「みんな一緒にいます!」日本時間の12日昼過ぎに、ようやく通じ始めた電話から聞こえてきた声は一様にしっかりしていて、こちらを心配させまいと明るかった。事件に巻き込まれないことが一番だが、もし、そんなことが起きてしまったときには、冷静な判断力と周囲との協力が何よりも大切なのだと教えてくれたと思う。
 
文: 若松千枝加(留学プレス編集長・留学ジャーナリスト)
この執筆者の記事一覧
 

 
 
《注目記事》
■ ぜんぜん内向きじゃない日本の若者たち【ニュージーランド編】
■ ぜんぜん内向きじゃない日本の若者たち【オーストラリア編】
■ お笑い芸人・渡辺直美さんがニューヨーク留学で得た『留学の成果』を考察してみる
■ 東京で五輪があるというだけで英語教育はどこまで盛り上がるのか?
■ 女性に人気の留学・ワーキングホリデー
 


関連記事