東京五輪で日本のカイロプラクターが世界を支える。ある若きカイロプラクターのオーストラリア留学とは?~若松千枝加(留学プレス編集長)

「日本ではカイロプラクティックは国家資格ではありません。極端な話、『昨日カイロプラクティックのセミナーに行ってきたから今日から開業しよう』なんてこともできる。でもそれは正規のカイロプラクティックではないのです。」
 
冒頭からショッキングが言葉に驚かされるが、東京・青山のカイロプラクティック治療院『東京カイロプラクティック』院長の竹谷内啓介さんは、そんな日本のカイロプラクティックの現状を向上すべく奮闘中だ。とりわけ、2020年にはオリンピック・パラリンピック会場となる東京が、世界各国のアスリートや観光客を迎える時代にこれではいけないと熱く語る。
 
日本のカイロプラクティック環境向上のために、日本カイロプラクターズ協会の会長を務め、88か国からなる世界カイロプラクティック連合(World Federation of Chiropractic)の役員も務める39歳の若きカイロプラクターの奮闘を聞いた。
 

東京オリンピック・パラリンピックを通じて、世界が日本のカイロプラクティックを見ている

国家資格でないカイロプラクティックは、日本では「民間療法」という扱いだ。きちんと欧米と同等の国際水準の専門大学教育を受け、トレーニングを積んだカイロプラクターが存在する一方で、残念ながら「短期間でカイロプラクティック治療院の開業ができます」と謳うセミナーや短期養成校まで存在するのだそうだ。
 
-そんなセミナーだけで開業するカイロプラクティック治療院では、施術による問題が起きてしまいそうですね。
 
「全国の消費者センターにはカイロで事故があったという報告も複数あります。その流れのなか、消費者庁と国民生活センターから日本カイロプラクターズ協会に『自主規制を設けてほしい』との要請がありました。当協会では、安全性と広告に関するガイドラインを作り、目下その自主規制を厚労省に認めてほしいと働きかけているところです。これが将来的な国家資格の枠組みとなればいいと思っています。」
 
-このような状況は日本特有のものなのでしょうか。
 
「医療制度の中でカイロプラクプラクティックが広く浸透しているアメリカやオーストラリアでは、補完代替医療の国家資格として認められています。たとえば、オーストラリアではAHPRA(Australian Health Practitioner Regulation Agency)というオーストラリア国内の医療従事者すべてが登録する団体があります。ここには医師、看護師、歯科医師、カイロプラクター、中医学医師、理学療法士など現代医療と補完代替医療すべての医療従事者全体が登録され、職業独自の業務や教育以外は、同じ安全や広告に関してのルールが設けられています。」
 
-いま日本カイロプラクターズ協会が行っている“自主規制”では問題が防げないのですか?
 
「安全や広告の自主規制はあくまでも団体や個人に委ねられているので強制力はありません。教育については、各団体によって基準がまちまちです。基準を引き上げるには質の高い講師や施設の拡張が必要で充分とは言えない現状です。やはり自主規制に頼るのではなく、国際的に医療として認識されているカイロプラクティックだからこそ、国家資格としてきちんと整備すべきなのです。」
 
-リオ五輪には、公式カイロプラクターとして日本のカイロプラクターが派遣されたことも話題になりました。
 
「2020年には東京がオリンピック・パラリンピックの会場となります。世界基準でみると、アスリートがカイロプラクターのサポートを得てコンディションを整えるのは当たり前です。欧米選手で専属カイロプラクターをつけている有名選手には陸上のウサイン・ボルト選手や水泳のマイケル・フェルプス選手がいます。
 
国際オリンピック委員会(IOC)や国際サッカー連盟(FIFA)、そして多くの公式スポーツ団体がカイロプラクティックを公式に支持しています。今回のリオオリンピック・パラリンピックでも様々な形でカイロプラクターが医療チームの一員として派遣されました。日本人カイロプラクターも選手専属や総合診療所勤務で参加しました。
 
東京オリンピック・パラリンピックの際も国際水準のカイロプラクターによるケアを受診できる体制を準備する必要があります。もし、制度がないために未熟なカイロプラクターによる事故が起きたりしたら大問題です。」
 
-観戦に訪れる外国人観光客からも施術のニーズがあるかもしれませんね。
 
「そうだと思います。私の治療院は場所柄、外国人がとても多く、これまでに海外70か国以上の方々が来院しています。ホテルや大使館からの紹介もあれば、プロのスポーツ選手から直接電話がかかってくることもあります。」
 
-すでに世界から日本のカイロプラクティックが評価される時代に入っているということですね。
 
「そのとおりです。きちんとした国際水準の教育を受けたカイロプラクターは、施術の効果だけでなく、リスクも十分に理解しています。カイロプラクティックの施術による効果は、最低限の『安全性』が担保されて提供されるべきものです。“この施術は効果があるけど同時に危険性も高い”では利用者の安全性が担保されません。
 
たとえば、首にはいろんな神経や血管があり複雑な構造をしていますので、解剖学や生理学をはじめとする医学知識を持っていなければなりません。腰にしても色々な病状や問題があり、問診や検査、レントゲンを読む能力などがなければ、癌の転移などで骨がもろくなっているのに気付かず骨折などの事故も起きてしまいます。
 
カイロプラクティックは、個人的には広義の医療の範疇と考えています。法律がない日本国内でもカイロプラクターは社会的な責任をもって施術を提供しなければなりません。」
 

『問題:解答=1:1』ではなく、ひとつの問題にいろんな回答があるという考え方。

竹谷内さんが日本のカイロプラクティックの現状を変えるべく活動する背景には、自身の生い立ちが関わっている。竹谷内さんは祖父の代から3代続くカイロプラクティックの家柄だが、後継を強制されたのではなく、自らカイロプラクターをめざし、オーストラリアの大学で学んだ。
 
-お祖父さんの代から始まっているのですね。
 
「1949年に祖父が『東京カイロプラクティック研究所』を設立し、以来、父や伯父、従兄などがカイロプラクティックに携わっているので、家業として受け継いでいる家系ではあります。
 
しかし、私がカイロプラクターを志したのは自分の意志でした。きっかけは、バレーボールをやっていた友人の腰痛が整形外科では効果がなかったのに、カイロプラクティックで改善したのを間近で見たからです。父親のたった一回の治療でみるみる効果が上がっている友人の姿を見て“僕もカイロプラクティックをやってみよう”と。」
 
-留学先はオーストラリアのRMIT(ロイヤルメルボルン工科大学:Royal Melbourne Institute of Technology)ですね。オーストラリアへ進学したのはなぜですか?
 
「英語でのコミュニケーションを上達させたかったことと、大学教育でカイロプラクティックの国家資格を取りたかったことが理由です。アメリカもカイロ先進国ですが、アメリカではなくオーストラリアを選んだのはその教育システムにあります。
 
オーストラリアは英国連邦に属しているためイギリスと教育システムが似ていて、日本とも共通点が多い。国家資格取得までにかかる年数はアメリカよりも短いです。オーストラリアは本コースが5年で、大学入学前に1年間、理系科目を履修する予備コース(ファウンデーションコース)が必須でトータル6年間。専門カリキュラムはほぼ同じなのでオーストラリアを選択しました。」
 
▼RMIT(ロイヤルメルボルン工科大学)
オーストラリア・RMIT大学
 
▼エアーズロックをバックに。留学中の竹谷内さん。
東京五輪までに日本のカイロプラクティックを健全にする
 
-オーストラリアでカイロプラクティックを学んで特徴的だったのはどんなことですか?
 
「ディベートやディスカッションがたくさんあることですね。ひとつの問題にひとつの解答があるという考え方ではなく、オーストラリアではひとつの問題についていろんな回答があるという考え方をしています。
 
目の前の現象を自分がどう診断し、どのような因果関係や相関関係があるのか。人間の体にはわからないことのほうが多いものです。患者さんを診断するときも可能性がいくつかあり、一番近い可能性について根拠を組み立てて説明しなければなりません。
 
患者さんの体の情報を自分で収集して論理的に整理したうえで患者さんに説明する能力。論理的な言語である英語では、情緒的な表現が多い日本語より比較的実践しやすいです。とはいえ、当初私はこのスタイルの授業には全然ついていけず、ほとんど参加できなかったですけれど(笑)。」
 
-英語は大変だったでしょうね。
 
「正直、留学後1年もたてば、先生が話す“授業”の英語は大丈夫なんですよ。大変なのは、休憩時間に友だちとフランクに話す会話です。地元の友人に混じってカジュアルな話についていくほうが大変ですね。時事や歴史、スポーツ、エンターテイメントなど幅広いトピックに加えて、スラングなど辞書に載っていない言葉も理解しなければならなかったのです。」
 
-オーストラリアで学んだ経験が、いま社会活動に従事するきっかけにもなっていますか?
 
「はい。もし大学で講義を聞くだけの授業を受けていたら、自分で考えて行動する事が常に求められる今の業界活動はやっていないと思います。物事を論理的・批判的に分析して考える授業が生きていますね。
 
たとえば、世界カイロプラクティック連合(WFC)の会合に出ると、それはもう多様な文化・民族・宗教の社会が構成されています。色々な国が集まっているので、感覚も違えば意見をまとめるのは並大抵のことではありません。日本人が当然と考えている事が実は世界の非常識であるということもあります。」
 
-竹谷内さんが役員を務めている世界カイロプラクティック連合(WFC)とはどんな団体なのですか?
 
「WFCはWHO(世界保健機関)のNGO(非政府)団体にあたります。国際的な政策提言や学会活動、法制化支援などを行っています。
 
2005年にはアメリカ、カナダ、オーストラリアなど国家資格がある国々の大学教育や安全面における教育を具体的に明文化して、『カイロプラクティックの基礎教育と安全性に関するガイドライン』としてWHOから発表しました。
 
世界各国ではプライマリーケアのカイロプラクター育成のため、『4200時間以上全日4年間の大学教育』を国際水準のカイロプラクティック教育としています。」
 
▼世界カイロプラクティック連合(WFC)でスピーチをする竹谷内さん
東京五輪までに日本のカイロプラクティクスを健全にする
 
-世界での会議は年に1~2回あって、それは手弁当なのですよね。なぜそこまでするのですか?
 
「私は『世界がこうだから日本もこうしろ』といった強制的なグローバル・スタンダードの押し付けはよくないと考えています。でもグローバル・スタンダードを批准している海外の状況を知ることが必要だと考えています。そうすれば、今の日本がどのような状況に置かれているのかを客観的に分析し、実現可能な国内のスタンダードを目指す事ができるからです。
 
最終目標としては多くの国が批准しているグローバル・スタンダードを理想としていますが、まずはWHOのガイドラインに即した実現可能な国内のスタンダードを普及する活動をしています。」
 
-竹谷内さんは、これをご自身の役割というか、使命のように思っていますか?
 
「私はごくごく普通のカイロプラクターであり、カリスマ性を備えた天才的なカイロプラクターではありません。技術面で自分の生まれ持っている素質を考えると、正直、父や祖父の治療を越えられないという気がします。
 
超えられないから平凡にやっていくというのもいいのだけれど、むしろ超える何かをしようと考えました。カイロの世界で自分のできることをやるとしたら、法制化を目指した活動をやることじゃないかと思ったのです。そしてまわりの協力があって、ありがたいことに今の活動ができています。」
 
▼『東京カイロプラクティック』院長の竹谷内啓介さん(右)と父・竹谷内伸佳さん(左)
東京五輪までに日本のカイロプラクティクスを健全にする
 
-今後、日本のカイロプラクティックはどういった方向へ進みますか?
 
「今後は行政との協議を重ねて、国家資格にむけた登録制度の推進や教育基準の設定を考えています。まずは文科省認可の大学でカイロプラクティック学部の設置を早急に実現しなければなりません。
 
今、日本には国際認証を取得している『東京・カレッジ・オブ・カイロプラクティック』がありますが、こちらの学校を卒業すると、アメリカ・カナダ・オーストラリアの国家試験を受ける資格が得られます。実はこの学校は、カイロプラクティックを厚労省が公に認めてないため専門学校や大学としても申請することができません。しかし国際認証を取得しているため、世界からは認められているという逆転現象が起きています。
 
実際に日本語だけの授業を受けた卒業生にとって英語でアメリカの国家試験を受験する事はかなり難関ですが、合格した卒業生もいます。」
 
-世界から注目の目が集まる2020年、日本のカイロプラクティックがどうなっていたらいいなと思っていますか?
 
「カイロプラクティックでできることとできないことが国民に正しく認知されるといいですね。
 
今の日本では『整体とカイロの違い』が曖昧で、さらにはなんでもかんでも治るという宣伝をしている整体・カイロプラクティックの治療院もあり、誤解を受けやすいと思います。カイロプラクティックは肩こりや腰痛などの筋骨格系(骨や関節・筋肉)の問題だけに対応しているわけではなく、神経系の働きを正常化したり、健康増進、スポーツパフォーマンスの向上にも頻繁に利用されています。
 
一方で、カイロでは明らかに効果的ではない症状もあり、正しく認知されるべきだと思います。」
 

五輪がもたらす『正の遺産』に

アスリートファーストを掲げる東京オリンピック/パラリンピック。アスリートのケアに従事するカイロプラクターの制度改善は、2020年以降の日本が抱える医療制度の問題の改善にもつながりそうだ。
 
マスコット選定に施設整備・・・とやること山積の東京オリンピック/パラリンピックだが、せっかく開催するなら正の遺産がたくさん残ったほうがいい。「外から見る日本」という視点を持つことで、まだまだできることがあるのかもしれない。
 
文: 若松千枝加(留学プレス編集長・留学ジャーナリスト)
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