2017年9月24日、TBS系列で放送された番組「林先生の初耳学」で、林修氏が語った「英語力と就職」に関する持論が話題を呼んでいる。
英語ができればいいというものじゃない
林氏の主張はこうだ。英語力と仕事力の有無をベースにすると、人材は次の4つに大別される。
(A)英語ができて、仕事ができる
(B)英語ができなくて、仕事ができる
(C)英語ができて、仕事ができない
(D)英語ができなくて、仕事ができない
この4タイプを、ある有名な企業の採用の基準に照らし合わせて採用したい順にランク付けすると、下記の順位になるとのこと。
1位=(A)英語ができて、仕事ができる
2位=(B)英語ができなくて、仕事ができる
ここまでは大方の想像の範囲内であったが、物議となっているのは3位と4位だ。
3位=(D)英語ができなくて、仕事ができない
4位=(C)英語ができて、仕事ができない
つまり、最も採用したくないのは「英語も仕事もできない人」ではなく「英語はできるが仕事はできない」人なのだそうだ。
“英語はできるが仕事はできない。そういう学生を採ると『英語ができる=仕事ができる』と勘違いして一番使い物にならないから。だったら「自分は何にもできないんです」っていう学生を採ったほうが鍛えやすい、と。”(2017年9月24日放送『林先生の初耳学』での林氏の発言)
林氏がエビデンスとして紹介した「ある有名な企業」がどこの企業を指しているのか不明だが、企業のニーズが多様化し、グローバル展開を進める企業が多いなか、この基準はかなり旧来型の考えを持つ企業のもののように筆者は感じた。むろん、議論を呼ぶためにあえてシンプル化して表現しているものと推察するが、仕事ができるって何を指しているんだろう、英語力はどのレベルを指して言っているんだろう、と突っ込みどころ満載であるように思えた。
就・転職に日々携わるエキスパートの目には、この主張はどう映っているのだろうか。3人のエキスパートに話を聞いてきた。
ビジネスの世界は結果がすべて
3位と4位は逆でいいんじゃないか、と語ったのは、留学・キャリアコンサルタントの本橋幸夫氏だ。
「仕事ができようが、できなかろうが、生意気な人もいるし、謙虚な人もいます。英語はあくまでも道具。つまり英語力は、仕事でいえばスキルの一つ(武器)に相当します。自分にスキルが多いほうがいいに決まっています。
また、私達には仕事をする上で必要な感覚があります。この感覚が強い人ほど成果を出すと言われています。それが『自己効力感(自分はできるという感覚)』です。仕事をする上では『(D)英語と仕事の両方ができない』人は、『(C)仕事ができなくても英語ができる』人よりも自信が低い可能性が高いと思うのです。つまり、同じ何かを頑張るにしても、その分(C)のタイプの人のほうが頑張れる人だと考えられますよね。だから、3位と4位は逆だと考えます。」
一方、海外就職専門家で、なかでもアジア就職に詳しい田村さつき氏も、やはり順位は(A)→(B)→(C)→(D)だと言う。
「2位の『(B)英語ができなくて、仕事ができる』人について言えることは、技術や専門性を持った人でしたら、英語の部分は通訳をつけたりして仕事をすることが可能だということ。もっと言うと、このグループは仕事ができるだけあって本気で英語を習得しようとすればできる可能性もある、と考えられます。海外、ことアジアでは、日本人の仕事力の評価は高く、その能力が欲しいということもあります。
3位にあげた『(C)英語ができて、仕事ができない』グループ。海外、主にアジアの途上国にはこの仕事もあります。新卒でも英語ができれば就職できる案件もまだまだあります。そもそも、英語ができなければ公用語が英語の企業で働くことはできないわけですけれどもね。
英語が多少できなくても生存力がある、という方がいますよね。英語もできないし仕事もできない、あるいは経験がないという人でも、途上国には仕事があるというのも現状です。ですが、この仕事は、年々減ってきています。それは途上国の人材が成長しているからなんです。」
そして、戦略採用コンサルティングを行うゼスト株式会社代表取締役の樫村周磨氏は「『言語学習』と、結果がすべて!の『仕事』の区別をつけるべきですね。」と語る。
「英語力があってもなくても、仕事で成果がでていない場合、企業の人事はキャリア採用をしません。ビジネスの世界は結果が全てです。英語ができて仕事ができない(C)の人についていえば、仕事ができない人は企業にとって雇用のメリットがなにもないため、いくら英語力があっても採用には至りません。」
林氏は番組内では新卒採用を念頭に話していたように見受けられたので、3位と4位も選考対象となったのかもしれないが、仕事ができない人はそもそも企業側の『雇用のメリットがない』わけで、経験者が流動する転職市場においては3位と4位は事実上存在しないのかもしれない。
また、前出の田村氏からは『仕事ができるという基準』についての指摘もあった。
「日本は上司のいう事を聞く素直な子が仕事ができる基準と捉える面も見られます。アジアの日系企業でも多少はこの傾向はありますが、一方で人はそれぞれ得意不得意があることについての理解がある。営業は才能なくても、経理は向いているとか、翻訳のスペシャリストとか、ですね。」
就職先を日本だけでなく世界全体に目を向けたときには、『仕事ができる』ことの定義が、国によって異なることも念頭に議論べきなのだ。
4社に1社は海外に進出
とはいえ、英語力がいらないのかというとそういうわけではない。
「帝国データバンクの統計によると、中小企業でさえ25%は、つまり4社に1社は海外進出している時代。今は英語を使うシーンがなくても、いつその必要性(海外進出や外資系企業の買収、合併など)が出てくるか分からない時代であり、英語力があるに越したことはありません。」(本橋氏)
「英語力を活かした求人案件は事実増えています。そのため、英語力を身につけることはやはりこれからの時代はITスキル同様、大きな武器にはなります。日本企業のグローバル展開は加速しており、それに伴う海外勤務可能な人材確保のニーズは増えています。」(樫村氏)
ここで振り返っておかなければならないのは、英語を「どの」レベルで使えるのか、といった問題だろう。林氏が上記の企業例を出したのは、ことさら幼児のうちから英語学習をさせる必要がない、アプリを使いこなす能力があれば3か月で英語を習得できる、とする主張を後押しするためであったが、実際には3か月で習得できる英語レベルの習熟度がどこを指しているのかは不明だ。英語学習3か月のスタート時点が初級者なのか中上級者なのかによっても大きく異なる。
もちろん、大人になってからの語学習得は全く無駄ではない。○年○月○日までにTOEIC(r)○○○点を取らなければいけない、海外取引先でプレゼンしなければならない、などの事情が絡めば、もはや好き嫌いに関わらず語学習得は仕事上のミッションである。限られた条件(時間、費用)のなかで自身の性質に合わせた学習戦略をたて、かつ確実に遂行しなければ目標を達成できない。語学習得過程そのものが仕事スキル向上に役立つ可能性がある。
また、筆者が会ってきた多くの留学経験者の多くは、慣れない環境や語学力のハンデといった課題に立ち向かうには、論理的思考や問題解決能力なしには成し得なかったと話す。
しかし、スポーツと同じように、語学習得にも向き・不向きがあることもまた確かだ。不向きの人にとっては、大人になってから苦労するよりも、幼少期に自然に身につけられる環境があったなら、とも思うだろう。ネットの投稿欄にも「早いうちに英語に触れさせてほしかった」「各家庭によって考え方が違う」「幼少期から英語を使っている人とではスピードも応用力も全然違う」などの書き込みもあった。
林氏も、英語学習自体が無意味だと言いたかったわけではないだろう。大事なことは英語力の先にある。
さらに言えば、英語力自体にも天井がない。実際、仕事を通じて現場での英語力が向上する人もいるし、よりスムーズで高レベルの業務水準を目指して自発的にスクールに通ったり、休暇を使って自費留学するバイリンガル人材も多数いる。
小中学校の英語教育改訂が2020年に迫る今、この話題をきっかけに議論をしてみてはいかがだろうか。