吉幾三さんの海外音楽修行に習う「新・シニア留学」スタイル~若松千枝加(留学プレス編集長)

演歌歌手の吉幾三さんが、来春から海外へ音楽修行の旅に出ることが発表された。アメリカ、キューバ、南米などへ渡り、音楽に触れたいとのことだ。日本での仕事があるため行きっぱなしではなく、1か月ほどの期間滞在しつつ日本と行き来しながらの学び旅になる。

「還暦過ぎのチャレンジすごい」vs「今さらですか?」

ネットニュースに流れたこの報に対し、さまざまなコメントが寄せられている。「還暦過ぎても貪欲に音楽を追求するのは凄い。」「『俺ら東京さいくだぁ』のラップを進化させて再ブレイクし、凱旋帰国を願っています。」「この年齢だとあきらめや守りに入るのに、挑戦するところが素晴らしい。」など、好意的に応援する空気の一方で、冷ややかなコメントも少なくない。

「彼に関心がないからかも知れんが今さら何を?体の中のいろんな悪いもんが感づかれそうになったんでってわけじゃなかろうな。」
「単に南国移住じゃないの?」
「休養とは引退という言葉を使いたくない歌手のささやかな見栄なのです。」
「遊びと楽しみ中心の金持ち旅行だって。本気で音楽目的なら 20年遅いわ。」
「修行じゃなくてただの遊び旅行じゃないか。モノはいいようだな」
「音楽修行と言えばかっこいいが、要するに海外へ遊びに行くのでしょう?ハイ、行ってらっしゃい。」
「今さら何を手に入れたいのかわからない。」

批判コメントの一部が芸能人「吉幾三」に対する個人的な好き嫌いに起因するとしても、海外へ学びにいくという報道が出ると、必ず一定数の批判が出る。

しかし、これらのコメントを気にすることなく、吉幾三さんには海外音楽修行の旅を思う存分楽しんでもらいたい。そして、その様子をどんどん発信してもらいたい。なぜなら、吉幾三さんの海外修行は、定年後の新しい選択肢としてのシニア留学を知ってもらうよい機会になるからだ。

有意義なシニア留学をおくるコツ

今回の吉幾三さんの旅は、シニア留学を有意義に進めるうえで有利な要素をクリアしている。それが「都合に合わせて日本と行き来する」というスタイルを選択したことだ。(『シニア』という呼び名は個人的にしっくりこない表現であるが、わかりやすさを優先して本記事ではあえてシニアという表現を使用することとする。)

吉幾三さんは仕事をセーブはするものの、完全に休むわけではないそうだ。日本で仕事があるときは帰国し、行ったり来たりの旅をすると表明している。このスタイルはシニア留学にぜひ取り入れたい方法のひとつだ。

「日本と行き来スタイル」の良いところは、何よりも余計な覚悟がいらないことにある。定年を迎えて完全に仕事から退く方もいるだろうが、なかには分量を減らして継続したり、それまでの知見を活かしつつセカンドキャリアに踏み出す方もいるだろう。デジタルに明るい60歳世代も少なくないし、海外でのリモートワークはどんどん可能になる。

完全に仕事から手を引かなければならない長期留学はハードルが高い。収入がない状態が続くのは不安だろうし、ほとんどの国では3か月以上の滞在ならビザを取得する手間もかかる。その点、「日本と行き来スタイル」なら経済的にも一定の収入を得ながら渡航できるうえ、ときどき日本に戻ってホッとするという精神的リラックスも得られる。

家族の了解も得やすいだろう。日本では若い人の留学であっても批判や反対の声にさらされるが、シニア世代ともなればさらにそのハードルは高い。赤の他人からの投稿コメントでさえ上記のとおりなのだから、家族や親戚から「何を今さら」と言われる率は低くない。

私の人生で今日が一番若い日

「日本と行き来スタイル」でシニア留学を実現したSさん(当時66歳・女性)の例を紹介しよう。Sさんは当時27歳の娘さんが海外留学を経験し、その体験を聞くなかでご自身も留学をしてみたいと思うようになったそうだ。

Sさんは美術教師として勤め上げた後、自宅の一部を開放して絵画を教えたり、幼稚園でボランティアなどをしていた。そんななか、常に「自分をもっと磨きたい。そうしなければ、教えられることが枯渇していく。」との想いが大きくなっていた。

案の定、家族からは「一人で行くの?」「別に今さら行かなくてもいいんじゃない?」といった声があがったが、留学のきっかけを作ってくれた娘さんが味方になってくれた。「私の人生で今日が一番若い」と言うSさんご本人の意志も固く、家族を安心させるためにもまず1週間のフランス留学に行くことにした。1週間なら自宅の絵画教室を休みにしやすかったこともある。

ちなみにSさん、フランス語は一切学んだことがない。留学を決めてから半年間、フランス語教室へ通い、挨拶や旅行のためのフランス語を学んだ。もちろん日常で使えるほどのレベルに達するわけではなかったが、通学で知り合ったフランス好きの仲間からも情報や勇気をもらえた。

現地では同じ世代のマダム宅にホームステイした。地元の語学学校でフランス語のレッスンを受けながら、午後は絵のクラスに参加した。自分が一番年長になるのではないかと思っていたら、同世代のイギリス人がクラスにいて驚いたそうだ。ホストマザーとは言葉が全く通じないはずなのに、なぜか考えていることがわかって不思議な気持ちになったとも話してくれた。

1週間で帰国したSさんは、その2年後にまたフランスを訪れている。今度は1カ月だ。ずっと日本でのフランス語の勉強を続けてはいるが「なかなか頭に入ってこないのよ。」と笑顔で話してくれた。彼女のような60歳になりたいと思ったことを覚えている。

遊びは学びではないのか?

Sさんの留学は、帰国後の仕事や収入に転化するようなものではない。吉幾三さんの海外修行も、必ずしも音楽人生に変化をもたらすとは限らない。仕事に直結しない留学なんて、他人から見たら無駄に見えるかもしれない。しかし、金銭面での収穫に結びつかないとしても、人生トータルでの収穫になる可能性は多いにある。

吉幾三さんに対する批判コメントのなかには「遊びに行くだけだろ」という声もある。しかし、遊びの何がいけないというのだろう。学校へ通えば学べるとでもいうのだろうか。そもそも、海外へ一人で出かけ、好きなことをやって遊べるというのは、なかなか大したスキルである。

海外の大学に正規留学する学生であっても、遊び方がわからなくていつも家にいるという日本人は決して少なくない。もちろん遊びには得手不得手があるから苦手な人が無理して外出しなくても良いが、遊びたいのに遊ぶ術がわからないという留学生だって少なくない。ある意味で、百戦錬磨のおじちゃん・おばちゃんたちのほうが海外でもコミュニケーション達人として君臨できるのかもしれない。

残念なことに、法務省による直近5年間の変化をみると、男女ともに60代の海外渡航者数は減少している。人生100年時代の今、60歳代で「残りの人生」などと言うのは早すぎる。もし家族の誰かが「行きたい」と言ったなら、批判や反対ではなく、どう実行するのが安全で安心かを一緒に考えてもらいたい。

最後に、吉幾三さんへのコメントのうち、仕事現役世代と思われる人からこんなコメントがあったことを付け加えておきたい。「日本の企業も長期休暇が取れるようにしてもらいたい。定年して365日休暇の状態になるまで待ちたくない。」

文: 若松千枝加(留学プレス編集長・留学ジャーナリスト)
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