「メイク・アメリカ・グレイト・アゲイン」はトランプ米大統領の十八番スローガンとなったが、教育面においては今のところ、まだグレイトではなさそうだ。勝利の報が流れた直後の2016年11月9日に書いた記事「トランプ政権誕生で懸念されるアメリカ留学への影響」では、留学関連ビザの変更や制限、そして「トランプ政権ならアメリカへは留学しない」と回答した学生が60%にのぼった調査結果などをお届けしたが、その日から2か月。アメリカの教育をめぐる状況はどう変化したのだろうか。
Photo from Flickr Donald Trump sign, Gage Skidmore
アメリカ人のカナダ大学出願数、軒並み上昇
AP通信は2016年12月30日、カナダの大学へのアメリカからの出願数が軒並みアップしていることを報じた。トロント大学への出願数は前年比70%アップ、オンタリオ州ハミルトンにあるマックマスター大学では34%アップだ。カナダの他の大学でも20%以上の増加を記録している。
同記事では17歳のアメリカ人女子学生ララ・ゴドフさんのケースを紹介。彼女の自宅はカリフォルニア州ナパにある。しかしトランプ大統領の女性蔑視発言に嫌悪感を持つララさんは、選挙戦の翌日にカナダの大学への出願し進学することを決めたという。
バンクーバーとケロウナに位置するブリティッシュ・コロンビア大学の学長、サンタ・J・オノ氏は選挙翌日の11月9日、午前0時から午前3時という深夜の時間帯にも関わらず、同大のウェブサイトに30,000件ものアクセスがあったことをツイートした。それも大学全体のウェブサイトではなく、大学院の専攻プログラムのうちたったひとつのみの集計でだ。
カナダ政府は2014年に、留学生獲得数を2022年までに倍増させる方針を採択し、目下留学生誘致に力を注いでいる最中である。アメリカで大統領令が続々と発令され、国の方向転換が現実味を帯びてきた今のタイミングは、留学生獲得倍増を目論むカナダにとっては追い風となるかもしれない。
「一つの中国」終焉発言は中国人留学生数に影響するか
世界大学ランキングを行うTHE(Times Higher Education)は、2017年1月12日に掲載した記事で中国人留学生への懸念を示した。「トランプ氏が台湾の件で中国を怒らせているのは特に重要である。(アメリカと中国)両国の関係悪化は、米国への留学生のうち3分の1を占める中国人学生へインパクトを与えるだろう。」
2015/16年、アメリカに留学した外国人の第1位が中国人である。その数は2位のインド165,918人を2倍近く上回る328,547人だ(出典:IIE)。台湾は7位で21,127人。留学生全体の31.5%を占める中国人学生に悪影響が出た場合、授業料収入に与える損失は劇的だ。
日本の学生はどうする?
さて、日本人のアメリカ留学生数は19,060人で第9位である。そして、これから留学しようという日本人留学生の一部にも、心のなかで葛藤し始めている人がいるようだ。2017年1月21日の朝日新聞デジタルの記事ではロサンゼルスへの映画留学をカナダ・バンクーバーの映画学校へ路線転換した人や、逆にトランプ氏の存在によってアメリカへの興味を深め、アメリカ留学を検討している人の話が紹介された。
トランプ氏の当選がアメリカ留学のイメージにどのような変化を与えたのかを調査したアンケート結果(調査元:留学情報館)によると、アメリカ留学に関心のある200人からの回答のうち「以前より不安を感じる」が7割近くにのぼった。不安の具体的な内容として寄せられた回答は「入国審査やビザ取得が難しくなる」が1位、次いで「治安」「円高」が挙げられた。
漠然とした不安のなかで
トランプ氏は選挙期間中から、インターンシップ生などに発給される「J-1ビザ」や米国就労関連ビザである「H-1Bビザ」の見直しを行うと公言していた。今後、それらのビザの廃止や修正が始まれば日本人を含むすべての留学生に直接的な影響がある。
しかしながら、今の時点ではまだ何も決まっていない。学生たちは漠然とした不安のなかで、学ぶ選択肢を模索している。一方で、見えない未来に対して右往左往するのではなく、こんな時期だからこそ自分が何を目的に学ぶのか、得たいことは何なのかを見つめなおす良い機会だとコメントする学生もいる。
アメリカからカナダ大学への出願数が増えたことは確かだが、出願数イコール入学者数ではない。政権交代は不安要素には違いない。しかし、カナダの大学に出願した学生たちのなかには、この機会に多様な学びの選択肢があることに気付き、入学という行動に出るかどうかを立ち止まって考えている人もいるだろう。
前述のTHEとはまた別の世界大学ランキングを行う機関「QS」では、会員同士のフォーラムにこんなスレッドが立っていた。
「私はアメリカのTOP20に入る大学の現役学生です。大学にはたくさんのムスリムの友人と、ラテンの友人がいます。トランプ氏の元では今、大学で享受しているこの価値が得られなくなります。親戚がアイルランドにいるので、残り2年間はアイルランドの大学へ編入しようかと考えています。」
この学生は、今後、どんな決断を下すのだろうか。
文: 若松千枝加(留学プレス編集長・留学ジャーナリスト)
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