イギリスのEU離脱が決まった。日本にもいろんな余波があるだろうが、ここでは、イギリスのEU離脱によって日本人留学生がどんな余波を受けるかを予測する。
留学費用が安くなる
今後しばらくの間、為替は流動的だ。このまま円高傾向が変わらなければ、海外へ留学する日本人にとっては一時的とは言え留学費用を安く済ませられる可能性がある。
イギリスの大学で私費のMBAをとるケースで考えてみよう。たとえば、ウェストミンスター大学のMBA授業料は2016年秋入学で年間23,500ポンド。160円前後だった先月下旬なら、支払う授業料は約365万円となる。これが140円前後となれば、約329万円。年間の授業料支払額は30万円安くなる。
入学時期が決まっている高等教育機関や中学・高校などは、必ずしも授業料納入の時期を自分で選ぶことはできないが、たとえば語学留学のようにいつからでも入学可能な留学を考えている人なら、チャンス到来と言えなくもない。イギリス留学以外に、通貨がユーロやドル国への留学であっても、短期的には円高の恩恵はありそうだ。すでに留学中の留学生なら、準備していた円貨を外貨に換えるタイミングを今か今かと思案している頃かもしれない。
留学の場合は授業料や入学金以外に家賃や食費といった現地生活費も別途かかるので、こちらも節約になる可能性はある。ただし、生活費については現地で随時出費するものであり、数か月後の社会情勢によっては逆転現象もありうる。ここ数日の為替水準で将来の留学滞在費用を準備すると、とんだ落とし穴となるだろう。
友人・知人の顔ぶれが変わる
もともとイギリスの大学・大学院関係筋にはEU残留派が多かった。EU留学生が減る可能性への懸念からだ。
国際教育専門の調査研究情報機関ICEF Monitorは2016年5月23日に発表した記事において、イギリス留学中・もしくは出願中のEU学生のうち約半数にあたる47%が、EU離脱となった場合はイギリスはもはや魅力的でなくなるとの回答結果(Hobsons調べ)を報じている。「最悪のシナリオの場合は」と限定しながらも、実数の予測として、113,000人の留学生(EU学生50,000人+EU以外の学生63,000人)が、イギリス留学を再検討あるいはとりやめる危険性をはらむとも言う。
“Roughly half (47%) of the 1,763 respondents – each of which had already either applied to or inquired with one of 15 UK universities – said a Brexit would make the UK a less attractive study destination. ”
– ICEF Monitor “Brexit could discourage international students from choosing UK” 2016/05/23
EU学生たちが「もはや魅力的でなくなる」と回答した理由は、EU学生の学費優遇、そして、ビザ優遇策による卒業後の就職・移住の自由度がなくなることだ。
イギリスのすべての大学・学部ではないが、今まではEU学生に「EUスペシャル学費」を設定してきた高等教育機関は少なくない。6月20日にテレビ東京で放送された「池上彰の緊急解説スペシャル!『イギリス激変!EU離脱騒動の裏側…日本と中国との関係』」ではスコットランドのダンディー大学における学費をめぐって『スコットランド在住学生』『EU学生』『イギリス学生(スコットランド以外)』の学費の違いを放送していたので、本記事でもその例を出していこう。なお、ここではあくまでもEU学生の優遇学費について明らかにしたいため、奨学金や国/自治体による学費助成活用ケースについては省く。
たとえばダンディー大学で心理学を専攻し学士号を取得したい場合、2015年秋入学なら『スコットランド学生』および『EU学生』は年間1,820ポンド、『スコットランド以外のイギリス学生』は年間9,000ポンド(事実上多くの学生は年間6,750ポンド。詳細は本記事では省くがイギリスとスコットランドでは教育制度が異なり大学卒業までにかかる年数が異なるため。)、日本人を含む『それ以外の学生』は年間12,950ポンドであった。
今後EU学生が日本人と同じ『それ以外の学生』扱いになるのか、もしくは『スコットランド以外のイギリス学生』扱いになるのか、まだ未知数だ。いずれにせよ、今までと同じ水準の学費優遇はなくなってしまうというのが大方の予想だ。もしEU学生が将来『それ以外の学生』扱いになれば学費は今の7倍、『スコットランド以外のイギリス学生』同等扱いでも約5倍だ。
EU学生にとっては、ビザの自由度がなくなるデメリットも大きい。EUの若者にとって、イギリスの大学や大学院を卒業し、イギリスで仕事を得て移住するというルートが閉ざされたら、イギリスで教育を受ける魅力は大幅に減るに違いない。
日本人学生がイギリスで学ぶ理由はさまざまだが、今までなら手に入っていた欧州の友人たちや将来につながる人的ネットワークは、もうイギリスでは手に入らなくなるかもしれない。しかしながら、EU学生の流出を食い止め、学内ダイバーシティを保つためにイギリスの大学は躍起になって対策を始めるだろう。いま、世界の大学の多くは学生の多様性を保つことをかなり重視している。学生の多様性と大学の持つグローバル度は大学ランキングにも関わるのだ。
一方で、イギリス以外の英語圏国が、留学生獲得への意欲を示し始めている兆しもある。先述のICEF Monitorの2016年3月1日の記事ではオーストラリアがイギリスから流れてくる欧州学生の獲得に関心を示していると報じた。多様性を求める日本人学生にとっては、米英という二大英語圏留学先から、他国に目を向けるきっかけとなるかもしれない。
出願、ビザ要件への影響は?
移民政策が変わるということは、ビザ発給要件が変わることにつながる。イギリスに限らず、リーダーが変わって学生ビザがとりにくく(やすく)なることはよくあることだ。不法滞在や犯罪の心配も少なく、真面目に勉強し外貨を落とす日本人留学生への学生ビザくらい、いくらでも発給すればいいようなものだがそうはいかないらしい。
イギリスと日本との間にはワーキングホリデー協定がある。現在、日本からの受け入れ枠は年間1000人という少数で、倍率10倍以上の応募があると言われる難関ビザである。ワーキングホリデービザは現地で「就労」が可能なだけに学生ビザ以上にデリケートな面も含む。今後の変化を注視しなければならない。
スコットランドや北アイルランドでは独立への機運が高まっている。もし独立が実現すれば、ビザはもちろん、大学への出願方式も変わるだろう。現在、イギリスの大学へは、UCAS(University & Colleges Admissions Service)という一斉出願機関を通じて出願する方式が一般的だ。一部の例外を除いて大学へ直接出願はしない。複数の大学を受験する場合もそれぞれの大学にあわせた願書を用意する必要もなく、一度に出願できる。しかし、スコットランド/北アイルランドが独立となれば、今後両地域の大学へは直接出願するようになるか、もしくはUCASに代わる一斉出願システムが独自に用意されることになるかもしれない。
長い目での見通しが要
以上、イギリスのEU離脱による、教育の面での変化を推察してきた。
むろん、現時点ではあまり短期的に右往左往するべきではなかろう。たとえば、すでに海外の教育機関に留学中、あるいは入学願書を提出済みで、いつ学費を払おうか考えていた人が円高のこのタイミングで支払いを済ませるくらいなら問題ない。しかし実際の離脱交渉は最低でも2年、長ければ6~7年かかるとするアナリストもおり、まだまだ見えないことも多い。今後留学を検討している人は正しいルートで情報を収集し、臨機応変に対応していくことが肝要だ。
文: 若松千枝加(留学プレス編集長・留学ジャーナリスト)
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