五輪アスリート達が世界で戦う為に海外留学で身に付けた技術以外のスキルとは?

日本選手団の活躍が続くリオ・オリンピック。報道される関連ニュースのなかで、筆者の関心事は順位やメダルよりも個々の選手の修業時代だ。日本代表に選出されるような一流アスリートたちのなかには、世界で研鑽を積んできた人も多い。カヌー・スラローム男子の羽根田卓也選手の活躍があって、筆者は初めてスロバキアがカヌーの強豪国であると知ることができた。
 
さて、強豪国と呼ばれる国で、アスリートたちは技術の向上はもちろん、他にもいろんなことを手に入れているように見える。本記事では、一流アスリートたちが一流になる過程で手に入れた技術以外の「強さ」について考察する。
 
リオデジャネイロ
 

福原愛選手の「現場対応力」

本記事を書こうと思ったきっかけは、卓球の福原愛選手がトイレを自力で修理したエピソードを聞いたときだ。四年に一度の大舞台で力を発揮するために、選手の滞在先が心休まる場所かどうかは重大。しかし、残念なことに選手村の不具合が数々報告され、入村拒否する選手団も出た今回のオリンピックで、福原選手の現場対応力のなんと素晴らしいことか。
 
中国で卓球修行をした福原選手。日本のように、呼べばすぐ修理屋が駆けつけるような環境でもなければ、転戦中の滞在先でも数々のトイレ事情に出くわしたことだろう。
 
「こんな選手村では不快だ」と不満を述べるよりも、その状況をどう改善するかを考える。自分にとって最も快適だと思われる状況を自ら作り上げて手に入れる。それもおそらくは、いつもの明るく淡々とした笑顔で。福原選手は後輩の伊藤美誠選手にも修理方法を伝授したというが、伊藤選手が先輩から学んだことは修理の方法だけではなかっただろう。
 

「バランス能力」「自己管理能力」も手に入れる

いわゆる『本場』で学ぶことの意義について、世界各国からトップレベルのジュニアゴルファーが集まる米国のプロゴルファー養成スクールIJGA(インターナショナル・ジュニア・ゴルフ・アカデミー)」日本事務局の関賢治氏に話を聞いた。関氏によると、本場に行く大きなメリットは、選手にとって必要なリソースがすべてそろっているということだと言う。
 
「本場には、人・モノ・金・情報の四拍子がそろっています。人とは世界を目指す同僚選手たちであり、優秀な指導者たち。モノとは整備された環境を指します。米国では大規模なジュニアのゴルフツアーがいくつも行われているので、ツアーのスポンサーがカネをもたらします。寄付文化が発達している米国では、有望な学生への奨学金も充実しています。おのずと、その競技に関わる関係者やスカウト陣も多数。彼らは貴重な情報の宝庫です。」
 
注目したいのは、本場で学ぶ過程で選手が身に付ける「バランス能力」や「自己管理能力」だと言う。米国大学スポーツの運営支援を司る全米大学体育協会(NCAA)は文武両道を重んじており、おのずとその精神は大学生だけでなく、大学での奨学金獲得を目指すジュニアたちにも浸透する。
 
「日本人ゴルファーの中山綾香さんはIJGAで学んだ後、現在セントラルフロリダ大学に在籍しています。彼女は給付型の奨学金で授業料・寮費のみならず、移動費や日頃の雑費まで支給されています。奨学金を得て大学に在籍するアスリートは、学校ではスターのような存在。その代わり、模範とならなければなりません。スポーツの成果だけでなく、学業も優秀でなければならないのです。」
 
その土壌は中学・高校から育まれる。自らの将来のために、ジュニアアスリートたちは殺人的に忙しいタイムスケジュールで日々を送る。たとえば、IJGAでは朝7時に起床、8時にはゴルフ場でのトレーニングが始まる。クラブハウスで昼食をとったら午後から高校へ。夕方授業を終えると寮で6時に夕食。その後はバスで移動し19時から21時30分までジムトレーニング。やっと寮へ帰りついてもその後は勉強が待っている。土日はツアーが入っているため、休む暇などない。
 
「ジュニアたちは、試験で赤点をもらうとペナルティとしてトレーニングに参加できません。だから、何とかしてこのようなスケジュールをこなし、スポーツ・学業ともに優秀な成績を残すために高い自己管理能力を身に付けていきます。時間をやりくりし、体調を維持しなければ一流にはなれないのです。スポーツと学業を両立するバランス能力も次第に磨かれていきます。
 
こういった能力が身に付いていくことは、はからずも選手たちの将来のリスクヘッジにもなっています。アスリートというのは、誰もが成功する職業ではありません。しかし、先に述べた大学のスポーツ奨学生ともなれば、就職に困ることなど全くありません。スポーツに関わる人はもちろん、全米の誰もが、スポーツ奨学生に選ばれた学生たちが高い自己管理能力やバランス能力を持つと知っているからです。」
 

錦織圭選手や山口真理恵選手も多忙な学業時代をこなしていた

テニスの錦織圭選手や女子7人制ラグビーの山口真理恵選手も、学生時代同じようなタイムスケジュールをこなしていたようだ。
 
錦織選手が中学2年生から、米国フロリダ州にあるプロスポーツ選手養成校IMGアカデミーに留学していたことはよく知られている。当時の錦織選手のタイムスケジュールは、やはり分刻みだ。
 
錦織選手の軌跡を追った本「錦織圭 さらなる高みへ」によると5時30分に起床し朝食。6時15分にはコートに集合してトレーニング、11時40分から昼食をとると12時30分にはスクールバスで移動し中学校へ。15時に寮へ戻って小休止の後16時から試合やマッチ練習がスタートする。17時30分からはサーブ練習、ジムトレーニング、ヨガなどを行い、18時50分から夕食だ。
 
一方、高校卒業後、ラグビー修行のためオーストラリアへ渡った山口真理恵選手も休む暇なくスケジュールをこなしていたようだ。山口選手の著書「明日への疾走 7人制女子ラグビー山口真理恵自伝」では、一週間のスケジュールが次のように綴られている。
 
火曜はシドニーユニバーシティクラブでラグビーユニオンの練習。水曜はジムでウェートトレーニング。木曜は火曜と同様ラグビーユニオン練習。金曜はラグビーリーグの試合。土曜はラグビーユニオンの試合。日曜はソーシャルタッチフットボール等。月曜はオフだが、ジムでウェートトレーニングをしたりボクササイズに明け暮れたりした。
 
山口選手はラグビー選手であると同時に、専門学校でスポーツ医療マッサージを学ぶ学生でもあった。医療の専門用語が多いこのコースは英語圏出身学生であっても手を焼くコースである。日々の宿題はもちろん、予習は欠かさず、施術の実習や治療院へのインターンもあったと言う。このほかにスポーツマッサージのアルバイトもしていたというのだから驚きだ。
 

一流アスリートに求められるコミュニケーション力

今年春、男子ラグビーの五郎丸選手が英語力不足を理由に、所属するオーストラリア・レッズの試合で控えに回されてしまったというニュースが駆け巡った。監督は「英語力」と称したが、語学力を含めたコミュニケーション能力というのが最大のポイントになろう。
 
五郎丸選手の場合は、フルバックというポジション特性上とりわけ競技における語学コミュニケーション能力が問われたとも考えられるが、個人競技においてもコミュニケーション能力は重要だ。前職で携わっていたスノーボードのプロ養成プログラムにおいては、世界を転戦する技術力だけでなく、語学力の向上にも重きを置いていた。大会バックヤードでは選手同士、雑談を通して緊張をほぐしたり、情報交換を行ったりする。そんなとき、日本人選手がポツンと一人でいることも以前はよく見られたと言う。
 
世界で戦うテクニックを磨く過程で、手に入れる数々の副産物。これらの能力は、現役中だけでなく、その後の人生にも大きく関わるようだ。リオオリンピック/パラリンピック、そして4年後の東京オリンピック/パラリンピックにおいては、ますますその修行エピソードに注目していきたいものだ。
 
文: 若松千枝加(留学プレス編集長・留学ジャーナリスト)
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