日本にいると、肌で感じることの少ないシリア難民受け入れ問題。昨年9月、海岸に打ち上げられ横たわるシリア難民の男児写真をSNSで目にしていたころは、ここ日本でも心を痛めた人が多かったことだろうと思うが、今はどうだろう。あの悲しい姿を思い出す人はずいぶん少なくなったのではないだろうか。
私たちの脳裡からシリア難民問題が減っていく間にも、国外へ逃れる難民の数は増え続けている。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)では今年3月の時点で国外逃亡したシリア難民数を480万人以上と発表している。
そんな折、日本人がヨーロッパでの難民支援に取り組もうとしている民間ボランティアの活動を知った。本記事では、イギリスを本部とする海外ボランティア・インターンシッププログラムを運営する団体「プロジェクトアブロード」日本支店の金子あいさんに活動の内容を聞き、そのうえで、日本人が難民問題に何ができるかを考察する。
Photo from Flickr Syrian Refugee(MaximilianV)
足りていない医師、看護師、カウンセラー、そして一般の人々
今、金子さんたちが取り組んでいるボランティアの活動地はイタリアだ。以下、金子さんへのインタビューを中心に解説していこう。
(金子さん談)「具体的な活動は大きく分けて二つ行っています。まずは初期対応。カラブリアの港にて赤十字とともに、まさに南イタリア到着直後の人々のサポートにあたります。無事着を喜び船から降りてくる人々に飲み水を配り、ケガや病気の人がいないか確認しながら誘導します。その後、個人情報の収集やヨーロッパに滞在するために必要な申請を行う手伝いをしたり、ケガや病気の人の手当てやカウンセリングをしたりします。
そして二次対応があります。難民・移民のための宿泊施設で、彼らが申請した書類が通るまでの間(約6か月)、現地のチャリティー団体と共にいろいろな側面から教育的活動を実施します。語学はもちろん、ヨーロッパの文化、習慣、法律を教え、彼らがヨーロッパで生活していく術を身に付けられるようにサポートします。また、ヨーロッパで受け入れてくれる家族を探すお手伝いをする場合もあります。」
日本ではボランティアを募集開始したばかりのため、現時点ではまだ参加した人はいない。
「現地からはあらゆる場面で等しく人手が足りないと報告されています。たとえば、医師や看護師、医学生、看護学生で、英語またはフランス語・アラビア語が話せる人は貴重です。ボート到着後の医療審査補助、病人の難民・移民の病院への付き添い、同伴者のいない未成年者の情報収集と体調チェック、赤十字のドクターと共に緊急かつ深刻な医療事態への対応、イタリアに既に数ヶ月滞在し現地での生活へ慣れようとしている人の中にも医療ケアを必要としている人がいますので、そういった方々への医療サポートおよび定期的な健康チェックなど活動は多岐にわたります。」
そして、難民の多くは重大な精神的サポートを必要としている。そのため、心理学者やセラピストの需要も増大している。
「英語、フランス語、アラビア語が話せる心理学者やセラピストの方々には、イタリアへ向かう道中に家族を亡くすなどの心に大きな傷を抱えた人たちへのサポート、そして、これから見知らぬ土地で新しい環境に順応しなければならなくなった人たちへのサポートが求められます。また、大人に限らずイタリアに逃れるまでの大変な経験、そして家族を亡くした経験から心に深い傷を負った子供たちへのサポートもまた重要です。その他、イタリア滞在数週間を迎える難民・移民が抱える精神的なストレスや問題へのサポートといった役割も求められています。」
筆者自身を含め大多数の日本人は、フランス語もアラビア語もできない。英語は片言で、医療や心理学などの特別なスキルもない。そんな日本人には何ができるのだろうか
「特別なスキルを必要としないサポートも膨大にあります。具体的には、政府から許可とその書類が下りるまで難民は単独に行動ができないため、日々彼らに付き添って事務処理や買い物などのサポートをします。他には、活力を取り戻して社会活動に復帰できるよう、主に若者を対象にしたアクティビティーを計画・実施したりして、現地生活適応に向けてのサポートに取り組みます。
ボランティア参加者は世界中から
先述したとおり、まだ募集を始めて間もないことから、日本からのボランティアはまだ参加がない。しかし、世界の多くの国からはボランティアが集まっている。
「6月中旬から募集を始め徐々に増えてきています。現時点で一番多いのはイギリスで、次がアメリカ合衆国です。その他の国では、アルジェリア、オーストラリア、ベルギー、デンマーク、ガーナ、ジャマイカ、オランダ、パキスタン、フィリピン、ロシア、南アフリカ共和国、チュニジアなど多国籍です。」
日本人にとっては他人事なのか
我々日本人の記憶に新しいのは、日本政府が今年5月、2017年から5年間で最大150人のシリア難民の若者を留学生として受け入れると発表したことだろう。7月に入ってドイツでシリア難民の男性が立て続けに事件を起こしたり、フランスでのテロ事件が起きたりしたことで、日本での難民受け入れについてはまた賛否が渦巻きそうだが、いずれにせよ、日本だけが遠巻きに見ているわけにはいくまい。今、まさにこの瞬間にも命を落としたり、心を病んだり、つらい境遇に見舞われている人たちが同じ地球上にいるといのが眼前の事実だ。
かといって、現地までボランティアとして出かけ、手を差し伸べられる環境にある人ばかりではない。お金も時間も労力もかかる。また、そこまでは関わりたくない、という意見の人もいるだろう。募金ぐらいならしてみようかなという人もいるかもしれない。
しかし今、ふつうに暮らす全ての日本人が最初にやるべきことがある。その第一歩が、難民問題に対して自分はどんな意見を持っているのかを考え、家族や友人たちと議論することではないだろうか。日本には今までだって数少ないながらも難民が暮らしているし、これからも難民はやってくる。関わらずにいることはもうできない。
2017年から5年間でやってくるシリア難民150人を、日本では「留学生」というステイタスで受け入れる。だから彼らは、自分の大学に入学するかもしれない。自分や、自分の家族が通う高校に、転校生としてやってくるかもしれない。また、近所のコンビニで、片言ながらもアルバイトをするようになるかもしれない。そうなって初めて考えるのではなく、いまリアルタイムに起きていることを考えられないだろうか。学校教育の場でも良いし、家庭でも職場でも良い。
金子さんは、最後にこう語った。
「世界の問題を自分のこととして考えられる思考力がこれからの日本には求められるのではないか、そのように思います。
ともすると、難民問題は難民だけの問題という認識の人も多いかもしれません。実際には、難民を受け入れる国の方が対応に追いつけずに大きな社会的問題となっているということに着眼し、今後日本もその立場になり得るかもしれないということを理解し、それぞれが自国の問題として捉えることが必要だと思います。
受け入れる国が抱えている問題と、難民たちが難民にならざるを得なかったその背景までを考え、世界の現状を理解することが大切だと思っています。」
文: 若松千枝加(留学プレス編集長・留学ジャーナリスト)
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