EUで認められた『忘れられる権利』って?(2)~松本美子(翻訳者)

インターネット上に、削除したはずの写真がいつまでも残って拡散してしまう現代。前記事「EUで認められた『忘れられる権利』って?(1)」では、プライバシーに敏感な欧州においてどんな取り組みが進んでいるのかをご紹介してきました。
 
第二回の今日は、EUとアメリカでのプライバシーに関する考え方の違い、新たな課題、そして日本での動きについてお届けしていきます。
 
忘れられる権利
 

EUと米国のプライバシーの考え方

米カリフォルニア大学のWalker氏によれば、そもそも欧州諸国と米国には、プライバシーに対する考え方に大きな違いがあります。(※注1)欧州人権条約においてプライベートと家族の生活を尊重する権利が掲げられているように、EU法では個人の尊厳を守ることが最も重要なこととされています。これはメディアによってその評判が落とされることから個人を保護するというフランスの伝統的考え方から出てきたものと言われています。その結果、EUでは、個人の尊厳を守る必要がある場合には、米国と比較してより表現の自由を規制する方向に傾きやすくなるのです。
 
他方で、米国では、プライバシー権については個人の自由の一つの側面であると理解されており、政府によるプライバシー侵害から市民を保護することが憲法上重視されています(合衆国憲法修正第4条)。また、憲法上最も重要な権利は個人の表現の自由とされているため(同第1条)、米ハーバード大学のZittrain氏は、米国では、2014年の欧州司法裁判所判決のように、個人プライバシー権との衝突を理由にインターネット上の表現の自由が規制されるような判決は決して出されないだろうと指摘しています(※注2)。
 
グーグルという会社が世界的大企業に発展したのも、表現の自由を最重要視する米国の基本的な国家の在り方があったからだと言えるでしょう。その意味では、2014年の判決をめぐる議論は、プライバシー権を重視するEUと表現の自由を重視する米国との価値観の違いが根底にあるものと理解できます。
 

新たな課題

実は、この判決で全てが解決した訳ではありません。むしろ、より複雑な新たな問題に対処する必要に迫られることとなりました。
 
例えば、判決で認められた「忘れられる権利」による検索結果の削除は、当初EU域内の検索エンジンでのみ行われていました。つまり、EU域外の国のグーグル(Google.jpなど)や全世界共通のGoogle.comから検索すれば、問題の情報はいつでも見ることが出来てしまう状態だったのです。2016年3月、グーグル社は対象を全てのドメインに拡大するとロイターで報じられましたが(※注3)、他国のウェブ管轄権との問題は懸念が残っています。
 
また、判決上は、削除されるべき情報を判断する一定の基準(「当該情報が目的や時間の経過に照らして不適切で、無関係で、過剰であるなどもはや必要ではない場合」)は示したものの、具体的な内容は明確にはなっていません。あくまでも検索エンジンの自主的な判断に委ねられるため、新たな検閲にもなりかねないと懸念されています。そのため、グーグル社は諮問委員会を作り、2015年2月にガイドラインを公表するなど、透明性の確保のための動きが進められています。(※注4)
 

日本の動き

日本では「忘れられる権利」が新しい権利として認められるには至っていませんが、地方裁判所レベルでは少しずつ認める判断が出てくるようになってきました。
 
例えば、児童買春・ポルノ禁止法違反で罰金刑が確定した男性が、自身の氏名等で検索すると3年以上前の逮捕時の記事が表示されるとして検索結果の削除を求めた事案で、2015年12月22日、さいたま地方裁判所は、男性には「忘れられる権利」があるとして、削除を認めました。(※注5)これは、日本で初めて明示的に「忘れられる権利」を認めた判決と言われています。
 
しかし、グーグル社は不服を申し立て、2016年7月12日の東京高等裁判所では、「忘れられる権利」については法律で定められたものではなく要件や効果が明確ではないとし、本質的には名誉毀損やプライバシー侵害にもとづく申し立てと変わらないとして、独立した権利とは認められませんでした。また、問題の記事は時間が経過してもいまだ社会の関心が高いとして、検索結果からの削除も認めませんでした。(※注6)
 
このように、まだ「忘れられる権利」についての議論が熟していない日本では、法律で認められていない新しい権利が認められるには時間がかかりそうです。確かに、過去に重大な犯罪を犯した人が身近に住んでいたら住民としては気になるものですし、どこで線引きをするかは非常に難しい問題です。日本では、表現の自由とプライバシー権という二つの重要な人権のバランスをどうとっていくのでしょうか。私達の日常生活にも関わってくるだけに、今後も議論の展開を注視していきたいですね。
 

インターネットとどう付き合うか?

このように、インターネットの出現は、私たちに利便性をもたらすだけでなく、新たな問題も呼び起こすことになりました。人の噂も七十五日といいますが、もしかすると、「忘れる」という私たち人間の特性は、社会をうまく機能させるための重要な要素だったのかもしれません。半永久的に忘れてくれないインターネットと、私たちはどのように付き合っていけばよいのでしょうか。それぞれの国の価値観も絡み、とても難しいことに思えますが、まずは身近なSNSとの上手な付き合い方を学ぶことから始めていきたいものです。
 
(参考文献)
注1:Walker R K, ‘The Right to Be Forgotten’ (2012) 64 HLJ 257
注2:https://www.nytimes.com/2014/05/15/opinion/dont-force-google-to-forget.html?_r=1
注3:https://www.rt.com/news/334618-google-eu-right-forgotten/
注4:https://www.google.com/advisorycouncil/
注5:http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201602/CK2016022802000111.html
注6:http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG12H6C_S6A710C1CC1000/
 
文:松本美子(翻訳者)
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