論理的思考のドイツ人。その論理的思考がもたらすものは何か?~クリューガー量子(ハイデルベルク市公認ガイド)

ドイツ人の思考は、大概において論理的です。
 
ドイツ人は、物事をごちゃ混ぜにしません。判断基準となる情報を集め、整理し、論理的に考えます。ドイツ人のこの姿勢は、小学校のうちから授業で自分の意見をしっかり表現することを訓練されてきました。
 

あるとき悲惨な事件が発生。論理的に考えるドイツ人の反応は?

ドイツ人の論理的な面を表す実例を紹介しましょう。今年、筆者が住むドイツの街ハイデルベルクで車の暴走事件がありました。
 
35才の大学生が運転する車が、街の中心にある広場に突入。その後、車を降りた犯人はナイフを手に何百メートル逃走した後に逮捕されました。この事件で1人が死亡、2人が負傷しました。
 
日本でも2008年に秋葉原で起きた無差別殺傷事件には多くの人がショックを受けたことでしょう。ここハイデルベルクでも多くの市民が衝撃を受けました。
 
なんといってもハイデルベルクは人口15万人の小都市です。街を見渡す山に美しい城が聳え、ドイツ最古の大学があり、豊かな自然に囲まれたドイツロマンを代表する街。クリスマス前に起きたベルリンのトラック暴走事件から間もなかったこともあり、静かなこの街で起きた事件が人々に与えた衝撃は計りしれません。また、テロの可能性も取りざたされました。
 
さて、ハイデルベルクでは事件の3日後にカーニバル行列が予定されていました。事件現場は行列の通り道。喪に服す意味で中止になってもおかしくないなか、行列は例年通り行われたのです。
 
事件後にカーニバル主催者と市の話し合いで決定され、事件現場では音楽を鳴らさないという特別措置がとられた他は、いつもどおりでした。
 
その措置に対する市民の反応は論理的でした。「今年のカーニバルは開催されるのかな?」「事件があって怖い。カーニバルは人がたくさん集まって危険だから、今年はカーニバルに行かない。」などとは言う人は殆どいません。
 
この事件は衝撃的であったけれども、テロとは無関係と判明。ドイツ8000万人のうちたった一人が起こした特別な事件ということが事実で、皆がそれを論理的に理解したのです。
 
カーニバル行列は、子供も大人も楽しみにしているドイツの伝統。自分達の大切な文化行事を、特別な人や誇張された報道、それによる不安のために諦めることはしません。筆者もカーニバル行列に息子と参加しましたが、14年前の渡独以来、一番印象的な行列でした。ドイツ人の論理的な思考、意思の強さ、自分達の文化を大切にする思いを大変間近に見ました。
 
▼ドイツ南西部の伝統的なカーニバル行列

 

事件に関するメディア報道は国民の不安を煽らない。

暴走事件に関する新聞やテレビのメディア報道も論理的で、落ち着いたものでした。
 
前記事「犠牲者氏名を報道しないドイツのニュース」で、ドイツでは犠牲者の氏名が公表されないことをお伝えしました。もちろんこの事件でも犠牲者氏名は公表されません。
 
立件前のため、容疑者の名も公表されていません。よって、犠牲者・加害者の家族や友人にコメントを求める報道はされません。また、「35才学生」という皆が少し不思議に思うような容疑者の職業についても、特別な報道はされませんでした。
 
通行人にマイクを向けて、「怖いですね。外出するのが怖くなります。」などというコメントを放送して、国民の不安を煽る報道もしません。3日後に控えたカーニバルの行列開催の有無について報道することもありません。
 
この様な特異な事件を起こす人は、何千万人に一人。容疑者が30代半ばの学生であるからといって、メディアが国の教育システムや学歴社会のひずみなどに焦点を当てることはしません。当事件はテロと無関係ということも判明し、この事件報道は1,2日で終わりました。
 
人々が物事を判断する上で、メディアの役割はとても重要です。ドイツでは、メディアは国民の不安や関心をいたずらに煽るのではなく、人々が物事を判断する助けになるように、事件の本質を論理的に報道することが求められます。
 
ドイツ人の論理的思考を、ある事件を通してお伝えしました。そしてお伝えしなければならないことがもうひとつ。市民は事件を忘れてはいません。事故現場には今でも多くのロウソクや花が置かれています。
 
人々は、深い哀悼の気持ちを持ちつつ、自分達が大切にする文化行事を行ったのです。
 
文:クリューガー量子(ハイデルベルク市公認ガイド)
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