町中が緑と現代アートにあふれ、一年中様々な文化イベントが開催されているフランスの都市ナント。その人気は年々高まっており、米タイム誌の「欧州で最も住みやすい都市」で1位(2004年)、仏ル・ポワン誌の「住みたい街」で1位(2003~2008年で3回)に選ばれ、2016年には「ヨーロッパ最高の街ランキング」でも、パリを抑えて第4位にランクインしました。
このナント、アートを活用した町おこしの成功例としてよく知られています。
アートを活用した町おこしと言えば、瀬戸内海の島々に草間彌生を始めとする国内外の芸術家の作品を展示した「瀬戸内国際芸術祭」が有名です。小規模なイベントなども含めれば、近年、町に若者を呼び込んで活気を戻そうとする町おこしの一つのモデルとして、アートを活用する自治体が増えています。
こういった町おこしの先駆けといえる都市が、フランス西部に位置するナント(Nantes)です。この記事では、実際に2014年に現地を旅した筆者の写真とともに、その魅力をご紹介しながら、アートを活用した町おこしのヒントを探っていきます。
緑とアートにあふれる都市
かつてはブルターニュ地域圏に属しており、美味しいガレット(そば粉のクレープ)を味わうことができるナントですが、18世紀には「三角貿易」と呼ばれる奴隷貿易で栄えた港町でした。奴隷貿易の衰退後、これといった産業のなかったこの町が、1990年代以降、町は文化都市を目指して様々なプロジェクトを始めました。
毎年夏の期間中には、「ナントへの旅(Le Voyage à Nantes)」という現代アートのイベントが行われ、さらに活気を増しています。
地面のラインに沿って歩くだけ!観光客フレンドリーな仕掛け
初めて訪れる街はとても新鮮で楽しいものですが、言葉も分からず、道路の造りや乗り物のシステムも違う外国で、徒歩や公共交通機関を利用してスムーズにたどり着くのは至難の業。迷うこと自体も旅の醍醐味とは言えるものの、ただでさえ時間が限られている海外旅行では、効率よく回りたいものです。
その点、ナントでは、地面に引かれたグリーンのライン(La ligne verte)に沿って歩くだけで、街に溶け込むように展示されている様々な現代アートにたどり着くことができるのです。このラインは、カフェの連なる素敵な路地や建物の中を通り抜けるだけでなく、『ナントの勅令』が出されたことで有名なブルターニュ大公城(Le Château des ducs de Bretagne)や、ロワール川を渡った向こう岸に位置する機械仕掛けの遊園地「マシン・ド・リル」(Les Machines de l’ile)など、ナントに来たら訪れたい主要な観光スポットをカバーしているので、まさに右も左もわからない状態でもナントの街を効率よく楽しむことができます。
1日目はこのラインに沿って主な観光スポットを巡り、2日目は初日に気になった場所だけをゆっくり見学するという楽しみ方もできます。市内観光は、徒歩のほか公共のバスも便利ですが、街の雰囲気を肌で感じるには、自転車でマイペースに巡るのも気持ちがよいでしょう。最近日本でも見かける無人のレンタルステーションが便利です。
旧市街の城のそばにある観光案内所では、おしゃれなガイドマップとともに、観光に役立つ情報を入手できます。ナントの観光政策への意気込みは、こうした観光客フレンドリーな工夫にも表れていると言えるでしょう。
体験できる現代アート
ナントに来たら絶対外せないのは、機械仕掛けの遊園地「マシン・ド・リル」(Les Machines de l’ile)(http://www.lesmachines-nantes.fr/)です。日本でもテレビ番組で紹介されたことがあります。
この遊園地がオープンしたのは、2007年7月。巨大な機械の象(Le Grand Éléphant)をはじめとして、機械で出来た海の生物のメリーゴーランド(Le Carrousel des Mondes Marins)、巨大な機械の昆虫たちが集うギャラリーなど、いずれも実際に乗って遊ぶことができる機械が園内で生き生きと動いています。
これらの機械を手掛けたのは、ナントに拠点を置くパフォーマンス集団「ラ・マシン」(La Machine)。もともと劇団用の人形などを作っていた技術者やデザイナーで結成された集団で、2009年には、横浜で開催された「開国博Y150」で二匹の巨大なクモ(Les Mécaniques Savantes)のパフォーマンスを行っています。
看板のアトラクションは、50名もの乗客を乗せることができるという巨大な機械の象。象が通るルートは決まっているものの、特に柵などで仕切られている訳ではなく、園内の人々が歩いている敷地をおよそ30分かけて悠然と通り抜けていきます。それは、本当に生命を持って自由に歩いているような、不思議な光景です。
更に、本物の象さながら、鼻を持ち上げて水を噴射するパフォーマンスまで見せてくれます。これには子供たちだけではなく大人も大興奮。下から見上げる象も面白いのですが、高さ12メートルの象の目線で見るナントの街並みもまた目線が変わって新鮮ですよ。
▼象の背中から見た景色
ラ・マシンが作り出す世界は、「海底二万マイル」の作者であるナント出身の作家、ジュール・ヴェルヌの発明の世界や、レオナルド・ダ・ヴィンチの機械工学の世界に着想を得ているそうです。現代アートと言うと、一般の人には理解できないもの、なんだか難しくて遠いもの、というイメージをもたれがちですが、この遊園地は、物語や設計図の中に描かれた夢の乗り物に実際に乗って、老若男女問わず誰でも楽しめるところに、その人気の秘訣があるのかもしれません。
現在、300人が内部を散歩できる巨木のプロジェクト「サギの木」(L’Arbre aux Hérons)が進行中で、2021年のオープンを目指しているそうです。次々に新しい機械仕掛けの生き物が生み出されているこの遊園地から目が離せませんね。
もっとも、当然のことながら、見どころは遊園地だけではありません。街歩きをしていると、緑豊かな公園に突如現れる巨大な蛇、植物と一体化する植木鉢の小人たち、路地の水面に揺らぐ怪しげな女性のオブジェなど、伝統的な街並みに自然と溶け込む芸術作品たちに出会うことができます。大人から子供まで楽しむことができる工夫が髄所に仕掛けられている、このナントの街全体が体験型現代アートと言えるかもしれません。
まとめ
このように、観光客目線に立った工夫と、他に類を見ない魅力的な街づくりによって、現代アートの街として生まれ変わったナント。市の予算や職員を文化政策に重点的に配置するなどして力を入れた結果、公式発表によると、過去5年間で年間宿泊客は約4割、夏季に限れば約5割も増加するなど、経済的な効果も出ているようです。
また、訪れた観光客の9割以上がナントをお勧めしたい観光地と答えていることからも、高い満足度が伺えます。
注目すべきは、こうした市の取組には、職員だけではなく、多くの市民、団体も参加していること。古くから守り続けてきた歴史的建造物に、新しい芸術・文化が絶妙に溶け込む様子が魅力的なナントの町ですが、それを作り上げたのは、昔から港町として外から来た様々な人々や文化を柔軟に取り込んできた住民自身なのでしょう。住民主体の町おこしの好例として、これからも注目していきたいですね。
文:松本美子(翻訳者)
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